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昔、一人の痩せぎすで貧乏な男が、子どもを九人もっていました。だから、子どもになんとか食べさせていくために、昼も夜も働かなければなりませんでした。
さて、そこに十人目の子が生まれましたので、男はすっかり困ってしまい、どうしたらいいのかわからなくなって、大通りに駆け出して、誰でもいちばんはじめに出会った人を、子どもの名づけ親に頼もうと思いました。
いちばんはじめに出会ったのは、神さまでした。神さまは、男が心に思っていることをとっくに知っていましたから、こういいました。
「かわいそうに、貧しいものよ。わたしが、おまえの子に洗礼をさずけてあげよう。そして、その子のめんどうをみて、この世でしあわせにしてあげよう。」
そこで、男はいいました。
「あなたは、だれですね?」
「わたしは神さまだよ。」
「そんなら、あなたにゃ、名づけ親になってもらうまい。」と、男はいいました。「あなたは、金持ちに物をやって、貧乏人はひもじいめにあわせるんだからな。」
男がこういったというのも、神さまが富と貧乏を、どんなにかしこく、みんなに分けているのか、さっぱり知らなかったからなのです。
というわけで、男は神さまにぐるっと背中をむけて、さきに進んでいきました。すると、悪魔がやってきて、いいました。
「おい、なにをさがしてるんだ?おれをおまえの子の名づけ親にすれば、おれは、その子にたんまり金貨をくれてやるし、そのうえ、この世のありとあらゆるたのしみをやるぞ。」
そこで、男はいいました。
「あなたは、だれですね?」
「おれは悪魔さ。」
「そんなら、あんたにゃ、名づけ親になってもらうまい。あんたは、人間をだましたり、悪くさせたりするからな。」
そういって、男がさきに進んでいくと、真っ黒な異国の装束に身をつつんだ男に出くわしました。その目は悪魔のようなので男は用心しました。
その得体のしれない男はいいました。
「オレを名づけ親にしろよ」
そこで、男はききました。
「あなたは、だれですね?」
「オレは、どんな奴も同じようにしてしまう死神さ」
そこで、男はいいました。
「あなたなら、ぴったりだ。あなたは、金持ちも貧乏人も、わけへだてなく、つれていっちまう。あなたに、子どもの名づけ親になってもらいましょう。」
死神は答えました。
「オレはおまえの子を金持ちにして有名にしてやろう。オレが目をかけたヤツが拙(まず)くいく訳がねぇからな」
そこで、男はいいました。
「こんどの日曜日が洗礼です。ちょうどいい時間に来てくださいよ。」
すると死神は、その日、約束どおりに現れて、きちんと名づけ親の役目をはたしました。
その子は「ツナ」という名を授かりました。
やがて、この男の子が大きくなると、あるとき、名づけ親が家にやってきて、いっしょに来るようにといいつけました。そして、男の子を森につれていくと、そこにはえていた、ある薬草をさして、いいました。
「テメェに名づけ親からの贈りものをやるとしよう。オレはお前を有名な医者にしてやる。お前が病人の家に呼ばれていったときには、いつでも、オレが姿を現してやるよ。もしもオレが病人の頭のほうに立っていたらお前は『この病人は治してみせます。』と、すっぱり言い切るがいい。それから病人にあの薬草を飲ませれば、病人はたちどころに治ってしまう。だが、もしもオレが病人の足のほうに立っていたら、その病人はオレのモノだ。そんな時は、お前はこう言うんだ。『これはもう、とても治しようがありません。世界中のどんな医者でも、助けることはできません。』とな。だがな、オレの心に背(そむ)いてこの薬草を使わないようによくよく気をつけろよ? そんなことをしやがったら──それ相応の償いはしてもらう」


   * * *


やがて、いくらもたたないうちに、この若者は、世界中で一番有名な医者になりました。
「あの人は、病人をちらっと見ただけで、これは治るのか、どうやっても死んでしまうのか、すぐにぴたりと分かるんだ!」
という評判になって、あっちからもこっちからも人々がやってきて、病人のところにつれていき、どっさりお金をくれたので、ツナは、じきに金持ちになりました。
ところが、そのうち、王さまが病気になったので、ツナは呼びだされ、王さまがなおる見こみがあるかどうか、申しあげるということになりました。ところが、王さまのベッドのそばに行ってみると、死神が病人の足のほうに立っているのです。これでは、どんな薬草を使ったってとても効き目はありません。
そこで、ツナは考えました。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ死神をごまかせたらいいんだけどなぁ。もちろん、死神は気を悪くするだろうけど…けど、とにかく名付け子のやることだから、目をつぶっていてくれるだろう。よし、やってみよう。」
そう思って、ツナは何人かに手伝ってもらって一緒に王様の体をつかむと、ぐるりとおきかえ、死神が王様の頭の方に来るようにしました。そうしておいて、薬草を飲ませると、王様は元気を取り戻し、元のように丈夫になりました。
けれども死神は、怒った厳しい目つきをしながら足音もなくツナの方にやってきて、平たくきゃしゃな胸に長い指を突き付けて脅かしながらいいました。
「テメェはやってはならないことをしでかした。…お前は名づけ子だから、今回は見逃しておいてやる。だが、もう一度こんなことをやってみろ。命はねえぞ。その時は、お前を攫っていくからな」


   * * *


それからまもなく、王様のお姫様が、重い病気になってしまいました。なにしろこのお姫様は一人っ子でしたから、王様は昼も夜も泣き続けて目も泣き潰れてしまいました。
そして王様はお姫様を死から助けたものは、お姫様の婿にして、王様の跡継ぎにするとおふれを出しました。
王様からじきじきに呼ばれたツナが病人のベッドのそばに行ってみると、お姫様の足の方に死神がいるのが見えました。
そのときツナは、名づけ親の怖い戒めを思い出して身がすくみました。けれど、お姫様が思ったよりもとてもとても幼い子供だったので可哀想でたまらなくなってしまいました。
小さな体に似つかわしくないひどい咳をして喉を枯らしながら苦しむ姿に、もう、助けるということ以外のほかの考えはきれいさっぱりすっとんでしまいました。死神はすごく怒った目でツナを見て、それでも押し黙ったまま肩にもたせた漆黒の大鎌をぎらつかせながら脅かしました。でも、ツナは意を決して目をつむり、病人を抱き上げると、ぐるっとまわし足のあったほうに頭がいくように寝かせました。それから、薬草を飲ませるとたちまちお姫様の頬はぱっと赤くなり、また生き生きとしてきました。
死神はまたまた自分のものを取られたのを見ると、大またにツナの方に歩み寄りました。そして、
「もう、おしまいだ。次は、お前の番だ」
というなり、氷のように冷たい手を伸ばし、手むかいできないような力で、ぎゅっとツナを捕まえると、有無を言わさず地面の下の洞穴につれていきました。


   * * *


その洞穴には何千何万というろうそくが、見渡すこともできないほど何列にもずらりと列んで燃えていました。そのろうそくには大きいものもあるし、中くらいのも、小さいのもあります。まばたきするくらいの間にいくつもの火がふっと消えて、ほかのいくつかが燃え上がります。だから、小さい炎のむれが、ひっきりなしに交替して、あっちこっちと飛び歩いているようでした。
死神が言いました。
「いいか、これが人間の命の火だ。大きいのは子どもので、中くらいのは、元気盛りの夫婦のもの、そして小さいのは年寄りのだ。だがな、子どもや若いものでも小さいろうそくしか持っていないのがときどきあるのさ」
すると死神は、今にも消えてしまいそうな、小さい燃え残りを指して言ったのです。
「これがお前がさっき助けた人間のろうそくだ」
ツナはぎょっとして言いました。
「ああ、名づけ親の死神さん。あんまりだ。お願いですから、この子に新しいのをつけてくださいな。そうすればあの子は生きていられるんです」
「わかっているさ。お前が助けてしまったから、この火を消すわけにはいかなくなった。」と死神は答えました。「だが、困ったぞ。いったいどうやって短いろうそくを灯し続ければいいだろうな?」
「だったら、火のついていない新しいのの上にこの子のろうそくを乗せて下さいな。そうすれば、お姫様のが燃え尽きても、すぐ、新しいのが燃え続きますから。」
ツナはそう言ってせがみました。
「──それがお前の望みなら、叶えてやるとしよう。」
そういって死神は、その望みを叶えてやるように、手をのばして、まだ十分に背丈のある大きなろうそくをひきよせました。けれどそのろうそくは火がついているものでした。あっ、とツナは真っ青になってもどうすることもできません。お姫様の命のろうそくが背の高いろうそくに重なり、下じきになった背の高いろうそくの火はふっと消えました。
とたんにツナは信じられないほどの息苦しさに立っていられなくなりました。お姫様の下で消えてしまった火はツナの命の火だったのです。
仕返しがうまくいったので死神は上機嫌です。さぞかし悔しそうな顔をするだろうと死神はツナの顔を覗きましたがすぐに顔をけげんに曇らせました。

死神の名づけ子は満足そうに笑っていたのでした。
「ああ、あの子が俺の命で助かるのなら満足です。でもあなたとの約束を破ってしまってごめんなさい。死神さん。ありがとう。」
それを聞いた名づけ親は黙って名づけ子のほうへ両腕を差し出しました。
その言葉をさいごにツナはくたっと死神の腕に倒れ、今度は自分が、死神の手に落ちてしまいました。