《 自分だけのプライド 》
「…言ったらどうなる?」
「え?」
「オレがてめーに言ったら何か変わんのか?事態が良くなるとでも?」
「リボーン…」
「ツナ、自分より弱ぇ奴に何言ったって何も成りゃしねーだろ?」
そう言ってとびきりの笑顔でリボーンは嗤う。俺と目を合わすこともないそれは自嘲めいた色をしていた。
(──オレはもう余計な気は遣いたくねぇんだよ。だから来るな。)
言葉を交わす度に、オレが壊されていく。(全てが癪に障る。)
お前に気を遣うオレが馬鹿らしい。(いずれ別れがくる。)
弱いくせにオレのことを助けられると思っているどうしようもない阿呆。(オレをどこまで貶める?)
「オレは『こんな奴』要らねえ。てめーは大空になるまでオレに触れるな。」
──それは、リボーンの自己保身。
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《 教科書の轍(てつ)》
(──人がよく間違えることがなんだかわかるかい?
人生というのはこの先も変わらない、一度ある軌道に乗ったら、おしまいまでそのまま進んでゆくしかないと思いこむ事だよ。でも、運命というものはもっと気まぐれなものさ。もう逃げ道がないという、絶望のきわみに察したときにいきなり突風が吹いてきて全てが変わり、気が付いたときには新しい人生が始まっていたりする──)
手アカはおろか書き込みすらされていない教科書をめくれば、古くて壊れそうな建物があった。空には切れ目がない。だから金と暇と行動力さえあれば俺にも見に行くことができる。
俺は、並盛町以外に『町』を知らない。
ふとそんな物思いにふけるくらいだから、行ってみたいと思ったことは俺にだってある。
見たことも無いもので、さらには綺麗なものであれば触れてみたいと思うのは当然だ。
だけど、そこで生きたいとは思わなかった。いくつ自分のなかの『町』を作ったとしても、体がひとつしかないのだから俺が居られるのはやっぱりひとつしかないんだ。だからよくテレビなんかで冒険家や旅人が他の土地の人と仲良くすること。それがわからなかった。知らない土地で、言葉すら通じない相手と笑いあえる人間はすごいとは思うけど、こんな人間は特別なんだと冷めていた。何のために旅をするのか知れなかった。
けど、本当は羨ましいと思っていた。
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《 見えない声 》
沈黙があった。
いつもの沈黙。何も変わりはしない。
多分、俺が望みさえしていればこれからずっと──続く沈黙。
けれど俺は全く望んではいなかった。だのに、それは否応なく続いていた。
リボーンが銃器を大事そうに手入れする、音。
外で車が踊るように走ってゆく、音。
休日の穏やかな陽の光にさえずる鳥の、音。
俺の部屋の中には沈黙があった。
沈黙──声じゃない。だから、意味を成さない。
「なぁ、俺ってさ…ここに居ても居なくても同じだよな」
俺は堪らず声を出した。思いの外、絞り出すような声になっていた。
「極寺君も山本もさ、なんでかすごく羨ましいんだ。なんかさ、変な気分なんだ。俺だけ昔の自分に戻ったみたい。」
そう言って自嘲した。(何だ?俺は何を言ってるんだろう?)
「誰も助けてくれやしない。誰も俺の気持ちなんて分かってくれやしない。なのに俺は最近ヒトのことばかりに気をまわしているんだ。それで眠れないことだって沢山あった。…何て俺はダメな奴だろう………でもさ…だから…俺は何なんだろう……?お前分かるか?リボーン。」
銃器をいじくる音が止んだ。
「馬鹿かお前は。」
リボーンは瞳の中の光を少しだけ殺して、言った。
「てめぇが聞く耳持ってねーんだ。どんな名文句だって素通りしちまうのが常套だろ」
傍らに置いていたソフト帽を手に取り、前ツバを下げてかぶる。
「オレは無駄な言葉は吐かねぇ主義だ。テメーの不始末はテメーでつけろ。」
そう言ってリボーンは足音もなく部屋を出ていった。
また取り残された俺だけど…自分でも分からない。なぜかつかえが取れたみたいでにやり、とあいつが悪だくみするときみたいに笑っていた。
──そうだ。今度こそ、みんなの言葉を聴けるように──俺は感情に片を付ける。
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《 狭間のためらい 》
「ツナ」
俺はお前を守る。何も要らない。一度目の契約を結びつけたものは札束の山。ふたたび俺を引き留めたものはツナのあわい瞳だった。だから、金も名誉も要らない。何も、要らない。俺があいつに払ったものに対する『代償』なんてものは有り得ない。そのかわり、好きにさせてもらう。俺が信じたモノで俺は自らを呪縛する。それが限りなく強く在る無二の方法。だからお前を害するもの、成長の歩みを妨げるものを俺はけして許さない。ましてや、俺に降りかかった火の粉をお前が払うことはない。その時間、お前は進めるんだ。進め、かならず一歩を踏みしめろ。振り返るな。立ち止まるな──!
──家庭教師として懲罰モノだ。俺の前に敷かれた泥でお前が苦しむことはない。そのツケは俺が支払うべきモノだ、お前に不本意な刃を握らせた奴らを俺は生かしておかない。俺が死に神と呼ばれるのなら、このときを喜んで受け容れよう。
俺が認めた価値を嬲る人間は誰であろうと赦さない。
死を以てわからせる。
「………リボーン…」
お前がひとりで行ってしまいそうで…俺は怖いんだ…。ねぇ。なぜそうやって俺のことをかばおうとするんだ?一緒には…歩けないのか?俺とお前、何が違うっていうんだ?ばかげてる…お前の考え方は馬鹿げてる!だって…そうだろう?なぜ俺のためにお前は自分を犠牲にするの?そんなことはお前にだって教わっていない!俺のため?お前以上に俺は必要な存在なの?そんなこと……じゃぁ…俺の気持ちはどうなるの?俺のこの気持ちはどこへゆけばいいの?お前は自分で自分を縛っているつもりだろうけど、その矛先が俺だったのなら俺も同時にソレで縛られているんだよ?だから…気づいて、お願いだよ…リボーン…。俺をぜんぶあげてもいい。だから、はやくそれに気がついて。でないと、きっと何かが崩れてしまう。
「俺とお前は、いつだって同じときを歩いているんだよ」
──ねぇ、どうしてお互いを欲しいと願ってしまったのだろうね。
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《 ultimo 》
今までは平気だった。
本当の意味で楽しみと悲しみを知らなかったから、生きてこられた。
でも…俺は楽しみを知ってしまった。
心で接する温かさを感じてしまった。
隣にいつも誰かが居てくれた、その無償の優しさを知ってしまった。
だから今は悲しみをもたないことが、一縷の望みを裂くように怖い。
黒なら…多分拒むことなく俺のことを包んでくれる。
俺のからだはいつだって闇で満たされている。
闇なんだ。
ずっとまえからそうだった。
刹那の熱におぼれて囁かれるまま心をひらく、治る兆しさえ見せないそれに、満足したようにあれはいつも嗤っていた。あとにのこるのはひとひらの朱(あけ)。
それでも欲しいと俺はないた。
追うことすらゆるさない愛おしい黒。
ひとつとして同じところはないというのに、なぜここまで狂おしいのか。
きっともう、俺ひとりではさきゆくこともゆるされない──
§ § §
──どれもあいつのためのものだった。(俺には必要がないからな)
──気づけば溢れるほど持っていた。(俺は欲してなどいなかった)
そして
俺はいつの間にか無くしてしまった──。
(それは生きることの「あかし」だった)
万華鏡の虹彩にいろどられたなかの事実はひとつ。ただ、残酷に。
「俺が俺でいるにはあいつの存在がうとましかった。」
§ § §
そう、だから──
──殺せ。
お前自身でなければ意味がない。殺せ。お前の手で。
撃鉄をおこし、引き金を。
ためらうことはない。あいつはお前を裏切った。知らなくてもいいことを敢えて知った。そしてお前をまんまと引き込み“お前”を“奪った”。
さあ、もう充分じゃないか。必要なものはそろっている。
確実に死を注げ。余すところなくあいつの躯へ。
感情、記憶、思いあがったあいつに塗り込められた屈辱と共にお前の本能で葬り去れ。
簡単だろう、あいつのためにやってきたことを、あいつに施せばいいだけのこと。
それでお前は自由になれる。
§ § §
(頬を撫でたはずの海の潮おと。巻貝の中には響いている?)
(泥にまみれたスニーカーのこわばった感触。冷たいはずが温かかったでしょう?)
(握りしめて擦り切れた大切なメモ。あれはどこへやったの?)
思い出せない。何か大切なことが書いてあったはずだ──
──すべてが黄昏のむこうに消えていった。
この手が思い出に届いたとしても。
頬に触れることをゆるされたとしても。
心を独占させることで彼をやっと理解しても。
叶えることに命をかける決意をしても。
“最後”ではもう──遅すぎる。
声を捧げて言うべきだった、お前のためならどうなろうと構わなかった。
手遅れになる前に──でも、俺ではできなかった。
お前のためになることを今日この日まで俺は何一つしてやれなかった。
ああ、どうか──これしか望めない俺を赦してほしい。
生をお前に捧げることこそ、お前にたいする裏切りなのに──
俺は引きがねを止められない。