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「…は、運転免許?俺が!?」
青天の霹靂とはまさにこのことか。部屋に入ってくるなり命令を下したカテキョの正気を疑ったツナはリボーンの顔をまじまじと見た。夏のさかりの午後三時、ジーワジーワと近所のセミが己の熱を声に乗せて大合唱をはじめた時のことである。
「そうだぞ。タイムリミットは夏休みおわるまでだ」
「そ、そんなこと急に言われたって…てか俺が運転なんかできるわけねーじゃん!絶対事故るよ!」
だが一度決めたら聞く耳塞ぐリボーンは喚き立てる生徒をすげなくあしらうと、手に持っていたナイロンのハンドバッグをツナの頭めがけて振り降ろした。タウンページで殴られたのと同じような鈍く重い痛みにたまらず頭を抱えた哀れでモヤシな高校生は黙りこんでしまった。
「もう申込みは済ませてんだ。しっかり免許取ってくるんだぞ」
「なに勝手に申しこんでんのーッ!?」
「明日朝九時に並盛駅へ身一つで行きゃいーんだ。楽勝だろ?」
「は?駅に教習所なんて……」
言葉尻を濁しつつ嫌な予感をおぼえたツナは渡されたブルーのナイロンバッグを目にも留まらぬ早さで確認した。その中にはグリーンとピンクの分厚い教本が二冊、所せましと収められている。教本の表紙にプリントされた教習所のロゴとおぼしきものに見知った貝殻のマークを見留めてしまい、めまいをおぼえた。
「…なにこれ?」
「ドライビングスクールの教習セットだぞ」
「俺が訊いてるのはそこじゃないって分かって言ってんだよな……お前」
「最近並盛駅に新設したんだ。しらねーのか?」
「………」
いちいち自分がキレるか全力でツッコまないかぎりリボーンから話を進展させる気はないのだと悟ったツナはひと呼吸おいて全力でツッコむことにした。
「なんでマフィアが絡んでんだよ!」
「ボンゴレが出資して建てたんだ。たりめーだろ」
「大体からして俺ん家クルマねーじゃん!免許取ったって意味ねーよ!」
「レンタカーがあるだろ。ママンにもしものことがあったらてめーが足にならねーでどうすんだダメツナ」
なんだか正論を言われている気がしてうまく丸めこまれそうになるが、寸でのところでとある事実に気がついた。
「…………そういえばお前こないだの冬に免許取ったんじゃ…」
言ってしまってから家庭教師の神経を逆なでする言葉を使っていたことに気がつき、おっかなびっくり振り返るとリボーンから一枚のカードを見せられた。
「てめーのためを思えばこそだぞ」
「…へ?」
どうやら目の前に突き出されたカードに答えがあるらしいということに気がつき、受けとって両手でつまむようにして確認し、固まった。
「《リボーン教習官》って……マジ?」
「本当だぞ。ボンゴレドライビングスクールは法令遵守の教習所だからな。オレ直々前もって二種免許取ってやったんだ。ありがたく思え」
「ねぇそういうやる気はもっと俺のためになるときに出してよ!お願いだから!」
「他にも役に立ちそうなメンツを揃えておいたぞ。楽しみだろ?」
「余計嫌だよ!」
嫌だの拒否するだの叫んでみても結局明日の予定が変更される事はない。傍若無人な家庭教師の計らいにより、ツナはその日一日、心の涙に暮れたのだった。