「次はハルだぞ」
「はーい!」
リボーンに促されて嬉しそうにルーレットを回す。
「私もツナさんと同じところがいいです!レオンちゃんお願いしますっ」
「わざわざ危なそうな所来るなよ…ハル…」
そこがどんなに危険な場所であろうと好きな人がいるなら行きたいと思う、ハルらしい女心がほとほと分からないツナである。しかし彼女の願いが通じたようで、ピンク色をした車はスタート地点を跨いで後退し、彼の白い車と並ぶことになった。
「これでツナさんといっしょです!嬉しいですーっ!」
おもちゃの車が並んだくらいでバースデープレゼントを貰ったようにはしゃぐ様子は、(ハルって人生楽しそうだよな…)とツナが心の中で羨ましく思うほどであった。とことん後ろ向きの思考で生きている高校生、それが沢田綱吉である。
「次は俺だな?そういやこういう遊びするのも久しぶりだなー」
レオンがくるくると回転してピタリと指したディーノの未来は順風満帆な10であった。某高級車のエムブレムがフロントに彫られていそうなくらい綺麗なカラーリングをした赤い車を進めていくと、色の白いマスに止まる。そこには《就職》と大きな二文字が書かれていた。
「そこは医者になれるマスだぞ。月給は25,000だ」
「医者かー、今の俺なら想像もつかない職業だよな。よし、なるぜ」
二つ返事でディーノは医者のカードを手にした。じっさいの彼がなったらその病院は医療技術がたたって廃院に追い込まれることは間違いない。
山本も1回目は順調に8を出し、プロスポーツ選手へ就職した。そして獄寺は5を出したが、ツナより先へ進んだことを土下座して詫びようとしたので、敬愛を捧げられた十代目はすぐさま青白くなって止めに入った。とまったマスは政治家になれるチャンスを与えたのだが、彼は「十代目が職に就かれるまでは俺もなりません!」と、敬服を通り越して恐ろしい執着を感じさせる獄寺節でリボーンにことわりをいれた。
「ツナの番だぞ」
「うう…嫌な予感がする…あ。」
ツナの頭のうえで電球がピカリと点灯した。
おもむろに席を立ってベッドの枕下をさぐるとミトンを手にとって戻ってくる──超直感でこの場を切り抜けんとする思惑が読心術を心得たリボーンでなくてもありありと見てとれた。右手だけにミトンを填め、目を閉ざして神経を集中させるとパシッとはじけた音をしてイクスグローブを露わにさせた。一連のようすを隣でみていた獄寺とハルが歓喜の声をあげたのは言うまでもない。
「今6以上出さないと…死んでも死にきれねぇ…っ!」
ルーレットのツマミをひねり弾いて勢いよくカーッっと回す。
レオンの針が示した数字は──7だった。
「や…やったぁ…」
「危機回避としてはまーまーな判断だな」
その場にへなへなと座り込んでしまったものの、とりあえずスタートから2マス目の無難なマスへ脱することができたのであった。
次は、ハル。
「はわードキドキしますー」
自分がおかれている危うい状況がいまになってようやく見えてきたのか、彼女は緊張した面持ちでルーレットに手をかける。
「けっ、バカ女は一生スタート未満でまわってろ!」
「な…なんですってー!そんなんだからあなたどこでも嫌われるんですよ!」
売り言葉に買い言葉、つくづく犬猿の仲の二人に挟まれた十代目はどうしてもたしなめ役になるのであった。だが、一瞬の死ぬ気でもかなりの疲労は免れないので、どうしても弱々しい声になってしまうのだった。
ひと悶着のあと、ハルがルーレットをまわす──結果、3。
ディーノ曰く《恐怖マス》のお披露目である。彼がおそるおそる口に出して読んでみる。
《 マフィアのアクシデントその1 ─銃の暴発─:10年後に飛ばされる 》
「突発的災難に対処してこそ一人前のマフィアだぞ」
そういうリボーンの利き手には、いつの間にか十年バズーカが構えられていた。
「ちょっ…リボーン本気かよッ!?」
「オレはいつだって本気だ」
「つっ!…ハル!逃げろ!!」
リボーンの少しも揺らがない黒い瞳から瞬時に引き金を連想したツナは、ハルに部屋から出るように警告を飛ばした。だが、ハルにはそれが激励に聞こえたらしかった。
「わ、わかりました…!リボーンちゃん、受けて立ちます!」
「よく言ったぞ、ハル」
「状況分かって言ってんのーッ!?」
リボーンがニヤリと笑って引き金をひいたのと、ツナが叫んだのは同時だった。ドカーンという爆発音に伴ってモクモクと煙がたちこめる──制止も虚しくバズーカは直撃したようだった。
ツナは左に座っているはずのハルの姿を目で追った。白い煙に包まれていたが、その向こうに人影がぼんやりと見えたので、慌てて名前を呼んで無事を確かめる。
「ハル!大丈夫か!?」
「は…はひぃ〜ツナさーん…」
どこかぬけたような彼女独特の弱々しい声が響いた。ツナが姿を確かめようと、よくよく煙の先へ目をこらす。するととんでもない光景が目に飛びこんできた。
「あ…あれ…私たしか朝のお風呂から出てきたはずなのに………!…きっ…きゃぁっ!」
白いバスローブの中に大人の女性のハルが居た。髪は腰近くまで伸びているようで、そこからは石鹸のふわりといい香りがしている。ツナの部屋に来ていることが分かった途端、短い声をあげて大人ハルがその場でぺたんと腰を落としてしまうと、彼女のなめらかで白い足が惜しげもなく晒された。
「やば…!」
ツナは反射的に自分の鼻を押さえた。過去の思い出したくない遍歴で、女性のヌードは勿論のことセミヌードにすらからきし弱い自分のことは骨身に染みて分かっていたので、今度こそ二の轍は踏むまいとハルから必死に目を背けている。可哀想になるくらいなけなしの抵抗である。
「な…何で……」
「世の中にはな、時差ってもんがあるんだ。こっちが昼の三時なら海向こうのイタリアは朝七時なんだぞ」
「あ、ああそっか…って問題はそこじゃないだろ!!!」
ツナのツッコミはリボーンにするりと無視された。事態を一緒に見ていたはずなのだが危ぶむ様子を微塵も見せない山本が興味津々とばかりに口を開いた。
「チビすげー手品やるのな〜!」
「そのマスに止まったら山本にも手品見せてやるぞ」
リボーンはにやりとわらう。その嗤いの顛末を自分のことのように理解できるこの場の参加者は不憫にも弟子二人のみである。
「…はっ!そうだハルは!?あいつ十年後のイタリアなんかに一人で行っちゃって大丈夫なのかよ!?」
ツナはリボーンに答えを求めたのだが、返事はハル本人から返された。
「大丈夫ですよー。ツナさんが今一緒に居てくれていますから」
「お…俺…?」
「はい。今でもツナさんとっても強くて優しいから十年前の私もきっと安心できていると思います」
ゆったりとしたバスローブの上からでも理想的なところに緩急のついたボディラインが見てとれるほど成長しているうえ、目に見えない知性からくる落ちつきを兼ね備えた大人ハルから未来の自分を褒められたツナは嬉しいと思う反面、気恥ずかしくなってしまった。しかし、十年後の彼女がいたって自然に話していたなかでフと気にかかった言葉に自分の認識が追いつくと、彼はたちまち青ざめた。
「え…さっきまでその格好で十年後の俺といっしょにいたんですか……?」
想像だに出来ていなかった大人ハルの色気に気圧されて思わず敬語になってしまう。だがその直後、彼女の成長した容姿以上に信じがたいものを彼女の肌のうえに見つけてしまい、文字どおり目が釘付けになるのだった。
「は…ハル…そ…それ、もしかして…」
ツナが恐る恐る指さした彼女の鎖骨、首すじのあたりに朱いものが見える。何かにぶつけて擦ったにしては不自然な位置にあって、数日も経てば消えるのだろう控えめな朱痕──。
ソレらしき痕をのこしたまま、バスローブをまとって甘い湯気の香りをさせている女性ときたら、想像力豊かで年ごろの高校生が連想することは一つである。
「ふふ、昨日の夜ツナさんにつけてもらったんですよ」
未来を知る生き証人、大人ハル自らツナにとどめをさした。周りの人間が気がついた時には既に抜け殻のようになっていた獄寺を除く男共が「やるなぁツナ!」だとか「やっぱりお前にもイタリア人の血が流れてるんだな〜」だのと口々にのたまって無責任に口笛を吹いてもてはやす一方、身に覚えが無くてもしっかり当事者であるツナは、ターン、とライフルで頭を打ち抜かれたような気さえする強烈なプレッシャーが全身余すところなく突き刺さった。
「んな──!!何やってんの10年後の俺──ッ!!」
幸せ真っ只中の人間がみせるやさしくも嬉しそうなニコニコ顔で微笑む大人ハルを目の前に、かつてないほどの羞恥心に駆られたツナはまたしても絶叫していた。
彼がこのゲームを無事にやりとおせるか、途中でショック死の末路をたどるかは五分五分といったところであった。