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蛇鋼球(じゃこうきゅう)は置いてきた。


いくらなんでもアレは危ない。
ちょこまかと動く子どもたちをケガさせてしまっては悔やんでも悔やみきれないと思い、ランチアは必要最低限の準備(サラシ)をしてツナの自称兄だという男をむかえうつことにした。

どういう事情なのか詳しく聞いておかねばならない。いくら素晴らしい兄だとツナから聞いても己を殺し屋だと明言してはばからないような男のもとに大切な園児は帰せない。場合によっては引き渡しを拒否する。そう腹に決めてツナ少年と一緒におむかえを待った。

三十分も経つとだいたいの親は子を引き取りに来て、仲良く手をつないで帰っていった。



───それから二時間が経った。
「……にいちゃん来ない。」
「…どうしたのだろうな」
しょんもりとしているのが小さな手を介してよく分かった。すこし前からランチアのエプロンの端をすがるように掴んで離そうとしないのだ。
「おしごといそがしいのかなぁ…」
普通なら兄を心配する弟として微笑ましいことこの上ない情景なのだが、そのお仕事というのが物騒なシロモノなのでランチアは傷だらけの表情筋を引きつらせるのみでまともな返事ができなかった。
「………いくら何でもそろそろ来る頃だろう」
「うん…………あ、来た!にいちゃん!」
幼稚園児はぱっと顔を輝かせ、教諭の目は剣呑にぎらりと輝いた。
黒曜幼稚園の門戸(もんこ)に立っていたのは、銀色のアタッシュケースを片手に携えた黒スーツ姿の男だった。
男ですら見惚れそうな美男である。
背は大男の部類に入るランチアより若干低いくらいだが、その身体は十分に鍛えられたものだとスーツをとおしてでも分かった。
おもむろにソフト帽をぬぐ仕草ひとつとってみても全く隙がない。

堅気の男ではない。

ランチアはそう確信した。
「すまねーな。遅くなっちまった」
「にいちゃん!」
「よお、ツナ。いい子にしてたか?」
「うん!にいちゃんお仕事おわったの?」
「ああ、今日の分は片付けてきたぞ」
何を片付けたとのたまうつもりなのかこの男は。
ツナ少年と同じ目線になるように膝をおってしゃがんだスーツ姿の男をランチアは不信感をあらわにして睨みつけた。
「失礼、あなたが綱吉君の保護者代理なのか?名前を伺ってもよいだろうか」
「ヒトの名前を訊くまえにテメェから名乗るのが礼儀ってもんじゃねーのか?」
「……失礼した。綱吉君のクラスを受けもっているランチアです」
「へぇ…手前が?」
ツナの頭をぽんぽんと撫でながら立ち上がったスーツ姿の男は、無遠慮にじろじろと顔を眺めてきたのでランチアの眉間に一層深いしわが寄った。
それがおかしかったらしく、男はくっくと軽く笑みをえがいてみせた。
「噂には聞いてるぜ。同業者なんだ、そんなにカタくなるこたねーだろ」
「………保護者代理申請の書類と照らし合わせたいのでご芳名をお願いできるだろうか」
男は肩をすくめた。
「リボーンだ。ミドルとファミリーネームはねぇぞ」
事前に目を通しておいた書類には確かにその名前があった。沢田綱吉の父親である沢田家光の実印がしっかり捺されていることも確かめた。どうやら信じても良いようだ。
「……綱吉君の実兄というのは本当なのか?」
「顔のワリにはおもしれーこと言うなランチア。何でオレがツナの兄貴なんだよ」
「綱吉君からあなたは兄だと聞いていた」
「コイツはオレの同僚のガキだぞ」
なぁツナ、とリボーンがふり向くとツナは元気よくうなずいた。
「ちあせんせい、“にいちゃん”はおれのとーさんの友だちなんだよ!」
「この歳で三歳のガキに“オジサン”なんて言われたかねぇからな。こっちの方がまだマシってやつだ」
悪びれもせず言う。事情がのみこめたランチアはやや脱力した。
「その件については理解した。だがあなたの職業はこの国では少し問題があると思うのだが…」
「北イタリア最強の用心棒をしていやがったセンコーに堅気だの堅気じゃねぇだの四の五の言われたくねぇな」
いささか乱暴だがもっともな意見である。ランチアは言葉に窮した。二の句につまっていると目の前の殺し屋に名を呼ばれた。

「───ランチア、お前これから時間あるか?」
不意にリボーンから誘いをかけられ、何の用があるのかとランチアは訝しみながら返事をする。
「あ、ああ…無くはないが…」
「…煮え切らねぇ返事だな。オレと玉突きやりてぇとかボヤいてやがったのはテメェの方だろうが」
「───! 貴様があの噂の男か!いや、それよりもどうして俺のそんなことまで知っている」
呼称に思わず地が出るが、それが気に留まらないほどランチアは驚いた。週に一度ビリヤードをしていることは園内の誰にも洩らしていないのだ。
「殺し屋だからな。情報には敏(さと)くねーと務まるモンも務まらねぇ」
破天荒な返答である。
だが己の情報収集能力をそつなく披露してみせた彼の手腕は、北部最強と謳われたランチアをしてもなかなか真似できるものでない事は確かだった。
ツナ少年から手製の懐石弁当を見せられたてまえだ。何でもプロフェッショナルにこなすというあの言葉を信じればビリヤードの腕前も相当なものなのだろう。
「上手いんだろ?」
重ねて問われる。
「ああ、願ってもない相手だ。いい腕慣らしになる」
「───上等だ」
リボーンは挑戦的な態度をかえしてニヤリとわらった。






早くしろよ、とリボーンから投げられた言葉を背に受けてランチアは帰り支度を始めていた。
久々に骨のある男とゲームが楽しめるのだという実感が認識に追いつけば心が躍って仕方がなかった。日本へ来てから滅多にしなくなった鼻歌をフンフンと交じらせて職員室の鍵をがちゃりと閉めた。鍵を所定の場所に返し、何の気兼ねもなく踵を返す。すると半呼吸有ったか無いかのタイミングで諸悪の根源からお呼びがかかった。
「この僕を差し置いて僕のクリスティーヌ綱吉くんと何処へ行こうというのですか?───ランチア」
気配を微塵も感じなかったのに貴様こそどこからわいて出たのかとツッコみたくなる背後には六道骸が手下を従え、これまたいつ調達したのか象牙色のマイ・キューを片手に仁王立ちしていたのだった。






「───アレが六道骸か。殺人鬼ってハナシだが───、百聞は一見にしかずってヤツだな」
ちょっとヒき気味のツナ少年と手をつなぎながら今にもスキップを始めそうに上機嫌で笑みをこぼし浮かれきった六道骸のやや後方を三人の部下が揃って歩き、その後ろをランチアと歩きながらリボーンは言った。
しばらく殺人鬼の態度をみて実害はないと踏んだらしく放置を決め込んだようだった。
鬼気迫る形相で脅迫されたランチアは六道たちもバーに連れて行くことを無理矢理承諾させられた。言いだしたらきかない事は骨身に染みていたので、門戸で待ち合わせたリボーンとツナ少年に詫びを入れて同行のゆるしをもらう。
締まりのカケラもない六道骸から目をはなしたリボーンはランチアにいじわるい視線をむけた。

「オレが思った以上に苦労してるみてーじゃねーかランチア」
「ああ…まあな」
嫌そうに応えるとリボーンの目が一瞬かがやいた。
「ココとイタリアに拠点を構えた組織があるんだが───」
「…何の話だ?」
「人手が足りねーんだ。《ボンゴレ》に来ねーか?呑めば時期をみてオレがお前を故郷(くに)に帰してやるよ。お前はボンゴレでまた用心棒をすればいい」
魅力的な話だった。一度は諦めた天職にふたたびありつけるかも知れない可能性が見えたのだ。
「……ほかに条件は?」
殺し屋は前方へ顎をしゃくってみせた。


「ツナの護衛」


「何?」
「《ボンゴレ》はツナをボスに据える組織だからな。ボスが殺られちまったら元も子もねーだろ?」
「………………。」
今思いついたように飄々と口に出すが、冗談が感じられない気配からしてリボーンは至って本気らしい。


「………考えておく」
何故よりによって血で血を洗うマフィアのボスの座に三歳のいたいけな児童をあてるのか。
今日何度目か数えたくもない遠い目をしてランチアはごっそり削がれた気のままポツリと呟いた。






抜きんでた能力があり且つ使い勝手のいい真人間が常識はずれの野郎共から解放された例(ため)しなど無いが、まじめに生きたい当人にしてみればそっとしておいて欲しいのが本音のところである。

───黒曜とボンゴレ、どちらへ転んでもイタリア北部最強の常識人ランチアの気苦労はこの先も延々絶えそうにないのだった。