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夜もかなり更け、日本では丑三つ時とさえ呼ばれる遅い時間、イタリアで唯一見慣れたホテルにツナはリボーンと共に戻ってきた。明日の朝にこのホテルを出て、昼の便で一般の客に紛れてゆっくりと帰る予定だった。リッチョを一文無しにしてからホテルの部屋から日本の自宅に電話したところ、なぜか沢田家に居ないはずの獄寺が受話器の向こうに当然のようにしゃしゃり出てきた。だがへとへとに疲れていたツナはそれを敢えて追求せずに、イタリアでの様子と結果を手短に伝えると獄寺はついに感極まったのか「渋いッス!」を連発しだした。それに辟易したツナは、今すぐ切ってしまいたい衝動を何とか抑えつつ、獄寺を落ち着かせて日本にいる全員の無事を確認すると、早々に電話を切ってタキシードのまま、それがしわくちゃになるのも解せずにどさっとベッドの中に突っ伏した。
「つ…疲れた…もう動けない……」
このまま早いとこ寝てしまおうとツナは思った。だが、どうにも腹の虫がわめきだした。そうえいばと思い返し、ツナはイタリアに来てからろくに食べていなかった事に気が付いた。緊張の連続で知らないうちに何とか騙せてこれていた腹の虫も、安心してまどろんでいる今では頑なに主張することしか知らない。このままでは眠ることさえ出来ないとツナは部屋中をうろうろ死人のようにうつろな目で歩き回り、ふと目に留まったのは、ベッドの枕元に置かれていたゴブレットにちょんと入った可愛らしいチョコレートの数々だった。そのどれもが綺麗な細工をほどこされていて、くぐもった上にツヤをちりばめた独特の色合いと、ビニールの包装紙を抜けてきたなんとも言えない魅力的な匂いはツナの食欲をたちまち誘った。思わず一つ包みを開けてパクついた。顔がとろけてしまうんじゃないかと危ぶむほど、そのお菓子は美味しかった。至福の時を味わっていたそこへ、足音もなくリボーンがやってきた。ツナとリボーンの部屋は別々だったが、どうやらリボーンの目に見てもくたばっていたツナの様子を見に来たらしい。ツナが開け放した時のままの状態だったので、ドアは全開だった。

「…何やってんだ、ツナ」
「何って…食事中だよ。お前全然その辺手配してくれないし、ルームサービス頼もうとしても俺イタリア語そんなにまだ喋れないし…あ、リボーンも食べる?」
ツナはリボーンにゴブレットごと差し出した。それを受け取るでもなくしげしげと見つめるだけのリボーンにツナはおもむろに口を開いた。

「…なぁ、リボーン…あの時本気で俺を賭けるつもりだったのか?」
ツナは少し裏切られたような気持ちを思いだし、全てにケリがついた時、リボーンに改めて聞いてみることに決めていた。しかしそんなことか、とでも言いたげにリボーンは目を細めた。
「オレが本当にツナを金に換えると思ったか?」
「べっ…別に!別にそうは思わなかったけど…」
「根拠は?」
「根拠って…だって俺はボンゴレの十代目候補だし…俺が居なくなったりしたら困るのはリボーンだし…」
「オレはそれほど困るわけじゃねーぞ。オレはボンゴレに雇われてるだけで仕えてるわけじゃねーからな」
「え……」
ぴしゃりと鼻先を弾かれたようにツナの顔がかげる。その様子を知ってか知らずか、または範疇にいれずかして、リボーンは言葉を続けた。
「だがな、借りは返してもらうのがマフィアだ。今回でツナにも借しができたからまずはそれを返してもらわねぇとな」
のうのうと言ってのけるリボーンのふてぶてしさにツナは眩暈を起こした。
「あれはお前がやったんだろ!」
「ああ、そうだ。だが身売りから助けてやったのは事実だろう」
「このっ…!」
ああ云えばこう云う。このまま擦った揉んだの押し問答に発展しても、結局自分が負けるのだとその結果に挑む前から早くも嫌気のさしたツナは、ここへ来て三度目の処世術に走ろうとした。
「よけーなモンを黙らせるのは色々なやり方があるもんだ。丁度いい、てめーにも身をもって教えてやるよ」
ツナのやさぐれた返事を聞く前にリボーンは言った。
「例えばだ、この甘ったるい菓子…」
リボーンがベットに腰掛けて、ベッドの上でツナがさっきから頬張っていた甘くとろけるようなカカオのかたまりをひとつ手につまむと、透明な包みを破り、わざわざツナの目の前に晒して言葉を続けた。
「ベッドで枕元にある備え付けのチョコレートを喰うことがイタリアじゃどんな意味をとるか知ってるか?」
「え……?」
さっき食べたものを思い出して、とてもまずい、途方もなくマズイことをしてしまったという直感にツナの顔がサッと目に見えて青ざめた。
リボーンは宣告した。

「セックス了承の意味なんだよ」

それを聞いてツナは死ぬ気が乗り移ったかのごとく、反射的にベッドから身を踊らせる、だがその前にリボーンのヒットマンとしての素晴らしい反射神経は、がっしりとツナの右肩を捉えて離さなかった。黒いクジラがニヤリと笑った。


…夜はまだまだ終わらなそうだ。


   《 Buona notte! 》