俺の様子が少しおさまると、リボーンは「まだここに居たいか」と聞いた。俺が何も答えられないで居るとリボーンは「そうか」と言ってそれ以上何も言わなくなった。それからまたしばらくして、今度は俺から今までの激動の5年間とちょっとを振り返ってぽつりぽつりと口にするとリボーンも思い出したのか、返事を返してくれた。
それはもう、前にいつしたのだか覚えていないくらい『普通の会話』だった。だから、たとえ役には立たなくても俺は純粋に嬉しかった。
「…お前が堂々と教習所通ってて、俺が迎えに行ったらリボーンが世話になってるっていう教官とはち合わせてさ、『本当にお前ら兄弟かよ!?』って怪訝な目で見られたよな」
「そんなこともあったな」
珍しく饒舌なリボーンが俺に相づちを打ってくる。本当に稀な日もあるんだな、と俺は今こそ夢なんじゃないかと不思議な気分に囚われた。けど構うことはしなくて、あのリボーン相手にどんな話でもできる今がすごく貴重で、1分1秒たりともムダにしたくなかった。
そして俺は気分を良くして、歩道に座りながら少し背伸びして、軽い口調で冗談っぽく溜息混じりにどんどん口をすべらせた。…それがいけなかった。
「俺とお前が兄弟とか言われて暮らさなきゃなんないのも、やっぱこれからずっとそうなのかな〜……!!っ痛ッ!」
ははっと苦笑いが口から漏れたとたん左隣の体感温度がガクッと下がって、前触れなく痛覚を感じるほどの衝撃が来た。
俺は驚いて目を見開いた。息を呑んで、そして事態をやっと認識した。いきなりリボーンが俺の襟首を掴んできたのだ。息を詰まらせながら弾かれたようにリボーンを見ればギラッとした凄い目つきを返された。
「迷惑なら全力で否定すればいい。なんでてめーはそれをしない?」
リボーンが一歳の時にはなかったぎらりとした目で俺を見る。てめぇの損得に関わるコトに半端なことをしやがるのは認めねぇと、雄弁に語る目だった。
そしてめずらしく───なんで急に?───本気で怒っているように見えた。
息苦しさとは裏腹に、頭の中が真っ白になったのを手に取るように実感しながら、俺は何が起きているのか分からずにただ呆然とした。怒るリボーンにその理由を聞き返すこと、俺が言ってしまった何かに対してリボーンに謝ること、何か誤解があるんじゃないかと場の雰囲気を和まそうとすること、ありとあらゆる選択肢がショックで頭からごっそりと抜けてしまっていた。───その頭のなかにたったひとつ残されていた言葉を、俺は色を付けることも組み替えることもせずただ必死でリボーンに投げた。
「お前…俺と兄弟とか言われてさ…嫌じゃないのか?俺は全然構わないけどでもリボーンは…お前は…プライドの高いお前が何で否定しないんだ?」
気おされて思わず口を次いで出た───多分、意識しないところですごく気になっていたんだ───俺の情けない声色を聞いた途端、リボーンは獰猛な瞳をゆるやかに閉じて俺からするりと手を離し、口元は相変わらず無表情のままゆっくりとソフト帽を脱いだ。そして───
「わぷっ」
俺の顔面にぶっきらぼうに押しつけた。何をするんだと愚痴をこぼした俺は顔をさすりながら帽子を拭う。
「……面倒なだけだ」
ぷいっと視線をそらして残りのコーヒーをすすってからリボーンはひとこと、ママンの煎れたほうがうめーなとつぶやいた。
それは大人っぽいぎこちないしぐさで、そのときはじめて俺にはリボーンが年相応に見えた。
…でも、あまりにも刺激的な光景だったんで思わず俺は吹き出した。
「プーッ!なんだよそれ!?」
「…何だ、死にてぇのか?」
ブラックメタリックな缶とは似ても似つかない、比べモノにならないくらいぶっそうな黒。ぎらぎらした実体を面倒くさそうに抑えこんだ黒光りする拳銃がリボーンの手にあった。俺は冬の寒さ以上に体の芯からぞっとした。もうモカの味なんか覚えてない。
「ぎゃー!ウソウソ!ちょっと待てって!リボーンたんまっッ!」
「うるせぇ、死ね」
「ぎゃーっッ!!」
ずどん!
……やっぱりこうだ。リボーンと居るといつも綺麗に話が終わったためしがないんだ。でもな、リボーン───
──────お前のこと、なんて厳しい『家庭教師』なんだろうと思うときもあれば、今日みたいになんて厳しい『子供』なんだろうと思う時もある。どちらにしても、お前は一貫して『容赦がない』ってコトは誰よりも肌で感じてきた。それでもやっぱり…お前と近くに会えてよかった。これからもできるかぎり近くに会いたい。そう思うんだ。
俺の心を読んだのか、「だからてめーはダメツナなんだ」とリボーンは笑った。ただ、いつもよりほんの少し嬉しそうに。
ブラックアウトする刹那に見たそれがもし本当だとしたら───やっぱりお前には敵わない。