腹の中を鉄の棒で掻き回されているような気分だった。
「あ、…」
ぼやけた視界に白くて強い光が目を灼くように射してきた。
「起きたか」
リボーンの偽物の声が近くで響いた。
嫌悪感に身を震わせる。俺はタイル貼りの床に投げ出されているようだった。拘束されている様子がないのになぜか体を動かすことは儘ならない。
「か…はっ…」
吐き気とひどい眩暈が交互に襲ってきた。
「苦しいか?」
「なに…を…したんだ…」
「心配しなくていい。第二次性徴にはいっただけだ」
「なん、だって…」
「何、じきよくなる。」
「お前…レオンになんてことをしたんだ!」
「レオン?───ああ、あの小物のことか。この男の記憶を辿ればアレは稀少で番(つが)いが居ないらしくてな。依り代にするには都合が悪い。だから殺した。お前の愛玩物だったのか?それは悪かった」
「…レオンは…レオンはリボーンの大切な相棒なんだ…それなのに…それなのにあんなに酷いことをッ!」
「奇妙なやつだな。まったく別の種族じゃないか。どうしてそれほどむきになる」
「なんなんだ…お前…」
とたんに大声で笑い出したそいつは片腕だけ俺の体を跨がせてグッと近くに顔を近づけてきた。
「名前は無い。だから誰も本当のオレを呼ばない」
道化師のような身の軽さでまた立ち上がる。俺のまわりをゆっくり歩いた。
「オレはこの屋敷の地下研究室で生まれた。あらゆる術を持っていたが、かんじんの体がなかった。」
「…………」
「ほんとうに欲しかった。これが。生身の体ってものが。」
そう言ってそいつはリボーンの胸に手を当てた。
「だから奪った。」
「…っ!」
「これはとても動かしやすい体だ。体は引きしまった鞭のようで身も軽い。五感も冴え渡っているし力もある。…でもすぐにもっといい体が欲しくなったんだ。だからこの中の記憶を探らせてもらった──オレの体≠オレが自分で作るために」
「なに…」
「オレは本当に運がいい。生まれてすぐにお前たちに会えたのだから。」
「…どういうことだ…」
勿体ぶるようにそいつは首をめぐらせた。
「体のつくりはたいして重要じゃない。中からいくらでも操作できるからな。そうじゃなくもっと深いものだ。さしずめ《たましい》といったところか。オレが唯一関与できないもの───あらかじめ魂が惹きあっていなければ巧くゆかない。うまく交わらない」
「まさか……」
そいつはオレの耳許でささやいた。
「ツナ、お前も悦んで協力してくれただろう?」
ふくんだ笑い声が遠く響く。
「お前の血の力は随分面白いらしいじゃないか。掛け合わせればきっと素晴らしい容れものができる。それこそオレの体に相応しいとは思わないか?」
頬に両手を添えながら吐息がかかるほどの距離でそいつは言った。
口をひどくゆがませる残忍な笑いだった。
リボーンの顔が見たこともない表情をつくるのに耐えられなかった。
「…っ!リボーンの…あいつの顔で喋るな!!」
「詮無いことだ。オレとこの男は既に同一のもの。オレは何者をも凌ぐ強い体が欲しかった。そして内に炎を秘めたお前のような特殊な体も欲しいんだ」
「ふざ…けるな!」
死ぬ気の炎が体の中でゆらめくのを感じた。まだ動ける。
渾身の力で繰りだした右拳をそいつに見舞ってやろうと体をひねる。
だがその直前で左肩を脚で思いきり踏みつけられ、右腕をひどく強い力で蹴り上げられた。
「うああッ…!」
「まだ抵抗するか…なら。試してみるか?」
そいつはホルスターから銃を取り出してオレの左手に握らせた。見間違えるはずがない、リボーンの愛銃だ。
銃口をリボーンの体。左胸に押し付けた。
手のふるえが収まらない。
「今オレを殺して中の命を摘出してしまえばお前は助かるぞ?」
そうしてトリガーに指をかけさせる。
「うぁ…あ…っ…!いやだ…!リボーンが死ぬなんて…!」
自分が死ぬことになってもいい。リボーンさえ生きていれば、それでいいのに。
(リボーン!リボーンッ!)
目を覚ましてよ。でないとお前が居なくなってしまう。
この世界から。俺の前から。そんなの嫌だ。気が狂ってしまう。
リボーンのものでは有り得ない高笑いがふりそそぐ。
「そうさ、できやしないんだ。お前はオレとあの夜に誓約を交わした。お前は自殺もオレを殺すこともできやしな──…ッ!?」
ぶつりと、音そのものが割れたように続く声が途切れた。
スローモーションみたいにそいつの視線がオレの左手に向けられて。驚愕に見開いた。俺も何が起こったのかわからなかった。
俺の指はトリガーから外れていた。
そして、かわりに掛かっていたのはリボーンの親指だった。愛銃を逆から握りこむようにして自分の左胸に狙いをつけていた。
「ァ……」
とても弱い、灯火が消え去るときのようなかすかな声だった。
ひと筋の煙が銃口から身をくねらせながらたちのぼる。
「う…そだ………リボーンッ!!」
俺の叫びに少しも応えてくれることなく彼は俺の腕に墜ちてきた。
血があふれる。止血の方法はわかるのに、拳銃を手から取り落としたまま時がリピートを繰りかえしているみたいに手は震えつづけてとまらなかった。
それでも何とか両腕を使って這うようにしてリボーンの元へ進み、そのまま縋るように抱きしめた。
血のにおいに咽せる。涙をぬぐうことも煩わしい。白い服が朱に染まる。
リボーンの命がこぼれ落ちてしまうのを何としても止めたかった。
*
────どのくらい時が流れていっただろう。
隣でほんの僅かに震える感触があった。
俺はそれに身を起こす。
彼と…リボーンと目が合った。
俺はわらった。
今度こそお帰りと言ってあげたかった。
(……ツナ)
あいつはうれしそうな顔をしていた。
俺の顔がよく見えるように前髪をはらってあげると満足したように眼を細め、リボーンは再び眠った。
俺はその頬をなぜて、こめかみにキスをする。
<END>