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俺が身体に異常を感じてから十日が過ぎた。
「リボーン?どこ…?」
一人でも十分歩けるようになって、でも仕事をするにはまだ万全ではないと言うことで俺の生活範囲は前にましてがひどく限られたものになっていた。
一日の殆どは部屋で過ごす。昼に診察を受けて、そして再び呼ばれるまでふらっと庭へ出かける。
最中ずっと彼が一緒だった。
視線は見守るようだった。俺から求めなければ傍で俺を眺めるだけ。
だが今診察を終えて出てきたのに、その彼がどこにもいなかった。
部屋にいるのかな。
そう思って、リボーンの部屋へ行ってみることにした。

リボーンの部屋を覗くのは久しぶりだ。
たまに趣向をかえて彼の部屋で抱かれることもあったけれど、それも半年ほど前のことだ。
あれきりそういえば近寄りさえしていなかった。
奥まったところにリボーンの部屋があって、扉を二三度叩いた。
シンとしずまりかえっていて、何かがかえってくる様子は感じられなかった。
ノブに手を掛けて、まわす。
キィ、としずかに音がしてあっけなくひらいた先は真っ暗だった。
中にはいる。
遮光カーテンが引いてあるみたいで、窓のサッシの縁だけが闇にぼんやりと浮かび上がっていた。
明かりのスイッチを探そうと壁伝いを歩く。
「あっ…」
コンセントから伸びていたらしいコードのようなものを引っかけてしまった。

──ヴヴゥ…ン

その拍子にスイッチが入ってしまったらしい。机の上に乗っていたブラックメタリックなノートパソコンのディスプレイが淡いひかりをあつめてほんのりと灯りはじめる。
「…っと消さないと」
こっそり入ったことがばれてしまう。そういう思いであわててそっちへ向かった。

──ヴヴ…ンゥン…

(…どのキーを押せばいいんだろう…)
適当に押せばいいのかな。そう思って俺は一番近いキーを例しに押した。

──ッッ…ブツッ…──ゥゥン……──

(よかった…消えた)
その安心感は束の間のことだった。

プツッ…………ザァ───…

「………あ…」

……ザァ───…ザァ─ザァ─…

「ああ……なに…」
すごく、嫌なことを思い出してしまいそうだった。この音。この音はどこかで聞いた。なんだっけ…何だ…この音…聞き覚えがある…どこかで…でも…厭だ、思い出したくない──…

……ザァ───ブツッ。

「っ!……はぁ…はぁっ…」
音が消えた。急に?どうして?
周りをみても誰もいない。誰かが潜んでいる気配もない。ディスプレイが落ちる原因は何もない。けれどノートパソコンのキーをいくつか押してみてもそれは死んだように動かなかった。

ようやく部屋の明かりを探し当てて、つけた。
明るさに目が慣れたところでふりかえる。
そこにはシングルサイズのベッド。脚つきの室内灯。机に椅子。机の上にはあのノートパソコン。結構広い部屋なのに。それだけだった。
(…リボーンの部屋、変わらないな)
殺風景という言葉がこれほど似合う部屋も少ないような気がする。
「あ…あれ、」
ノートパソコンの横にリボーンが耳にしていたイヤホンを見つけた。さっきはディスプレイの後ろに隠れていて見つけることができなかったみたいだ。
ふと、ささやかな興味がわいた。
「リボーンってなに聴くのかな…以外とロックとか聴いてたりして…」
彼の趣味らしい真っ黒のイヤホンに同じく黒のエム・ピー・プレイヤーだ。
結構ひろく流通している機種だったから、機械音痴の俺にも操作できる自信があった。
イヤホンを耳につける。
曲のリストを小さなカラー液晶に呼びだした。

【ミュージックリスト:全1曲】

タイトル:不明
アーティスト:不明
ジャンル:不明
再生回数:9999回

「あれ、壊れてるのかな?」
何千曲も入る大容量のプレイヤーなのにたったひとつだけ入っている曲。
(どんな曲だろ。)
俺は再生ボタンを押した。

ザッ……ザァ───ザ─…ザァ─ザァ─………ザザァ─ザァ─…ザッザッ……ザァ───…ザァ─ザァ─…ザッ……ザァ───…ザ─ザァ─………ザァ───ザッ…ザァ─ザ─………ザァ───ザッ…ザァ─ザァ─…ザァ─ザァ─…─ザ──…ザァ─ザァ─………ザザァ─ザァ─…ザァ─ザァ─…ザッ……ザァ───ザ─…ザァ─ザァ─………ザザァ─ザァ─…ザッザッ……ザァ───…ザァ─ザァ─…ザッ……ザァ───…ザ─ザァ─………ザァ───ザッ…ザァ─ザ─………ザァ───ザッ…ザァ─ザァ─…ザァ─ザァ─…─ザ──…ザァ─ザァ─………ザザァ─ザァ─…ザァ─ザァ─…

「ッ──!!」
背筋が凍った。
脚がガクガクと震えていまにも力が抜けて立てなくなってしまいそうだった。
思わず取り落としたエム・ピー・プレイヤーが床に落ちる。
コードの接続部分で外れてまだ耳に残っていたイヤホンを力まかせにひっぱりそのまま床に叩きつけた。
足元から何か得体の知れないネバついたものが登ってくる気がして、嫌悪感に思わず全身で払いのけ、弾かれるように部屋を出た。





走って、走って、走って、ボンゴレの屋敷を出て庭に出て、身につけていた白い診察着の身着のままで、裸足のままで、それでも俺は走った。
何も見たくなかった。
何も聞きたくなかった。
何も知りたくなかった。
どこへいこう。
どこへ行く。
どこへ行けばいい?
俺が居る場所は、俺が居ていい場所はどこ!?

涙が止まらなかった。もうあれは俺の知っているリボーンじゃないのだと思うと本当にどうすればいいのか分からなかった。

部下が変死した。
その時に何か気がつくべきだった。
おかしいと思えるはずだった。
何でそう思わなかった!

リボーン!

(…あれ≠ヘ何だ──)

…そうだ。リボーンの最後の言葉。
どうして今まで忘れていたんだ。
そうだ、あの屋敷。
あの屋敷にいけば、何かあるはず。





ギギギギギィ…

正面玄関の物々しい扉を開く。
S班が処理を行ったあとの屋敷は何もかもが取り払われ、焼却されているように見えた。
(何か…残っていて…お願いだから…)
願いながら奥へと進む。ぱきり、ぱきり、と乾いた音がする。ガラスが散乱していたところは踏み込むことができなかったので苦労した。
超直感が示す方へ歩いてく。
淀んだ空気>氛气潟{ーンはそう言っていた。
超直感は俺を地下へと導いた。
明かりひとつない階段を注意しながら下りる。
ようやく地下の回廊へ出ると、そろそろと壁を伝って奥へ歩みをすすめた。
「……あかりだ…どうして…」
細い光のすじがコの字に漏れる部屋があった。
俺はそこへ急いだ。

中に入ったとたん嗚咽した。
むっとするような、刺激臭のある薬品をぶちまけて長い間放置したような匂いが喉奥と鼻をさす。
「ゴホッ…ゴホゴホッ…クッ…」
目はやられなかったけれど、そう長くは居られない空気の悪さだった。
何の部屋だろうか。
まわりを見ると手元に大きな操作盤。壁にはいくつものディスプレイが填め込まれていた。
モニタ室のようだ。
「ここなら手がかりがあるかも…」
幾つか押していけば何か観られるかもしれないと思い、近くにあった手短なボタンを押してみた。けれども反応はなかった。
(あれ…か、な…)
唐突に勘が働いた。
一番すみにある目立たないブルーの小さな跳ね上げ式スイッチ。
俺は手を伸ばしてそれに触れた。
パチン。

ブゥン──ゥゥン……

「…やった」
真ん中にあるディスプレイだけに電源が入って、再生が始まった。
広い部屋だ。周りにはキャスター式の台が何台もあって、その上には試験管と薬品ビーカーが沢山乗っている。真ん中にはひときわ大きい、人ひとり入れそうなくらいの大きな円柱の培養槽のようなものが映し出されている。
どの部屋か分からなかったけれど、右上に表示されているデジタルの日付をみるとリボーンがこの屋敷にやってきた日と一致した。
しばらく何も起こらなかった。
でも俺はずっとそれを少しも見逃すものかと凝視した。
黒いソフト帽が画面の端に見えた。
リボーンだ!

「リボーン…ッ!!」

取り乱してディスプレイを両手の平で叩いた。
この中の彼は過去の彼だと頭では分かっていても、俺はここにいるんだ、気づいてと彼を懸命に呼んだ。
リボーンは慎重にまわりを窺っているみたいだった。

(…──レオン、何か感じるか?……気配がする、けど襲ってくる感じが無ぇ…)

その時俺は妙なものをリボーンの背後に見た。
「なに…あれ…」
そこだけ濃密な空気がゆらいだみたいなものだった。
蜃気楼が立ちのぼるようにその部分だけ景色が波打っている。
大きさはリボーンと同じくらいで、それがひゅると伸びてリボーンの方へ吸い込まれるように伸びた。
(──っ…!!)
そのとたん、リボーンが咳き込んで苦しみはじめた。
銃を取り落としてノドに手を宛がいながら崩れ落ちるように膝をつく。
「ああ…ッ!」
俺はディスプレイに取りすがった。
(レオンっ…オレから離れろ!──早く!)
叱責が飛んでレオンは飛び退き画面から消える。
(かっ…ハァッ……)
「リボーン!リボーンッ!!」
苦しんでいる彼など見たくなかった。けれどこの先を知らなければ彼を助けることなど到底叶わない。手のひらにツメが食い込むほどこぶしを握って耐えた。
リボーンは四つん這いになって肩でひどく荒い息をしている。
徐々に呼吸を整えているようだった。
(──レオン≠烽、いいぞ…戻ってこい)
緑色のシルエットが恐る恐る画面の端からやってきた。
戻るな!と俺の中の嫌な予感が警鐘を鳴らす。
「ダメだ…レオン!」
(………──ゥ!)
かすかな、短い、弱々しい声にならない悲鳴がした。
俺は目を背けた。
それ以上とても見ていることができなかった。
それからは音だけを聞くのが精一杯で、録画が砂音に変わるとその場にずるずると座り込んだ。
「ひどい…こんな…」
けれどここでずっと悲観しているわけにはいかなかった。
何とか勇気を奮い立たせて、操作盤に手をついて立ち上がる。
ノイズしか映さなくなったディスプレイをの電源を切る。
やつれた顔の自分が写りこむ。
その画面に違和感を感じるなりザッ、と血の気が引いた。
弾かれるように後ろをふりかえった。

「ちゃおッス。ツナ」
すぐ真後ろにいつものように笑っているリボーンがいた。

「──ッ…ぁっ…」
首へ手刀を叩き込まれる。
それを認識するのが精一杯だった。
それきり、意識は闇に落ち込んだ。