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「もうヤダ…このまま救護所で夜まで過ごしたい…気持ち悪い…」
「何言ってんだ。まだオレのバイトが終わってねーだろ」

案の定、一勝どころか十敗を喫したツナはリボーンに園内を引き回されて日が西に傾いたころには殆どの絶叫アトラクションを制覇していた。
人から好奇の目を向けられるのは今日はもうゴメンだと、人気のない場所でひと息つくために港場を模したエリアにある灯台の上の休憩所を選んで座りこむ。片やリボーンは無表情相変わらずだがツヤツヤと顔色も良く楽しそうである。
目まぐるしい移動で疲労困ぱいの今はリボーンが横に腰掛けてきてもときめきを感じることはなく、今日になって唯一助かることだった。

疲れた顔の裏でそんなことをささやかに感謝しながらオレンジジュースを啜り、眼前の景色をそれとなく見遣る。
創園者が景観もアトラクションのひとつと捉えているようでデジャヴーランドの景色はけっこう良かった。遊園地が海に面している地理を生かして太平洋を借景にしているのだ。水平線の向こうへゆったり降りはじめる夕陽はひろい大空を虹のようなグラデーションに染めあげていく。黄昏時の今は、そんな見事な光景を眺めることができたのだった。
「やっぱりベンチ最高ー」
「ジジ臭ぇ奴だな」
「お前に付きあってるとホント命がいくつあっても足らないんだよ…って…リボーン…ソレなに組み立ててんの?」
「見りゃわかんだろ」
いつの間にか手に持っていたアタッシュケースからサイレンサーらしい筒状の部品を取り出し着々と準備に入っているリボーンは手を止める様子はない。
「うわわっ…何で遊園地にそんなもん持って来てんだよ…!」
「バイトだって言っただろ」
「殺しはないって言ったじゃん!」
「てめーのツッコミは嫌いじゃねーがな、…──ちょい黙れ」
最後に放った言葉は凍りついていて、約束が違うと逆上せたツナの頭を瞬く間に冷やしてきた。
連れを黙らせたリボーンは組み立ておわったスリムなスナイパーライフルを片手に立ち上がると灯台の転落防止用ポールを銃身の安定脚がわりにして園の南部にある劇場の屋根に銃口を向け、片目を眇めてスコープで狙いをつける。
それに誘引されて狙いの先にツナが目を細めれば薄闇の中にぽつりと米粒のような人影が見える。その人の頭らしき影から横にすらりと伸びた棒のようなものが午前中頑なに拒んだ落下形アトラクションの方を向いていた。
引きつけを起こしたように喉がゴクリと鳴った。
灯台から劇場までの直線距離はツナが目測するかぎり千メートル以上。だがすぐに聞こえた二発の短い正射音は空気に絡んであっけなく消えた。
「──終わったぞ。依頼人の一人息子は無事だ」
「…子ども?」
「ああ、そろそろ教えてやる。名の知れた富豪の跡継ぎになるガキがこの日に合わせてオープンしたあの乗りモンに乗りたかったそーだ。そのガキの護衛でツナが便所に行ってる間に三人。ツナがマヌケ面で昼飯喰ってる間に二人やった。で、今のヤツで最後だ」
「殺しは…」
「奴らが使い物にならなけりゃ同じだからな、狙ったのは両手首の健だ」
「そんな…前に教えてくれたっていいじゃんか…」
「知ってりゃ芝居が下手クソなてめーのことだ、オレのカムフラージュにもならねーだろうが」
「はは…仰るとおりで…」
「まだ文句あるか?」
「ううん。…ありがとな」
殺さないでくれて。──敵でも味方でもない顔も知らない闇稼業の人間だったとしても、殺されてしまうのもリボーンが殺すのも未だ容認できないツナは胸を撫で下ろした。マフィア世界での自分の役割を振り返れば、一々ここでリボーンを非難してきたこと自体本末転倒であることは分かっている。気休めは気休めでしかない。だがそれでも口を出さずにいられないダメな性根をもっているのがツナである。


「ま、ツナのおかげでバイトも捗ったからな。ここで一番美味いフルコースくらい奢ってやってもいーぞ」
「え、ウソやった!」
(とにかくやっとこれで解放される!)
二重の意味で歓喜に身を震わせたツナだが、子どもの日の長い一日は簡単に終わらないようで直ぐさま耳にコツリコツリと非常に嫌な雑音がはいってきた。

灯台の階段をのぼってくる人の足音である。直後に男女の笑い声を重ねて聞いて一層いやな汗が背中を伝った。

「なに焦ってんだお前」
はじかれたようにヒットマンを振りかえればこういうときだけ鈍感なリボーンの手にはスナイパーライフルが依然として握られていた。人気のないスポットで黒スーツ姿にソフト帽を被り小銃まで所持している連れ合いは怪しいことこの上ない。
(どどどど…とにかく隠さなきゃ…!)
さあ隠そうにも丈の長く重いライフルだ。地面の草むらに投げ捨てても音がするしそれこそ人に見られる可能性は大である。そして何かで隠してしまおうにも今ツナが使えるものは自分の身ひとつしかなかった。
こういうパニックの時、人は自分が一番したくないことこそ最良の策と考える節があるらしい。そしてその辺の思考回路は一般人の枠に漏れないツナが瞬間的に考えた方法は実にベタだった。
「リボーン!」
「あ?」




んちゅ。




柔らかいものを柔らかいもので威勢よくふさぐ音が五月五日の夜空に跳ねた。
ツナの両手はリボーンの頭をまさぐるように掴んでおり、背伸びして上向きながら目をぎゅっと瞑った顔はこれ以上ないくらいに真っ赤である。そうして身を挺した元生徒の功績でふたりの体に挟まれるかたちになった問題のライフルは隠れおおす。
だが代わりに元家庭教師の思考は停止した。
いくばくも経たないうちにキャッキャと楽しげな声が後ろに迫り、ギャァ!という女性のドン引きな悲鳴が聞こえ、慌ただしくふたり分の足音がバタバタと消えていったところでようやくツナは緊張に固まりきっていた体を弛緩させる。
「っぷはぁ…! よ、よかった…バレなくて…」
不慣れなことに呼吸すら止めていたせいで荒くなった息を整えながら、人の気配がなくなった階段のほうを見る。そして向き直るなり眼前に捉えたリボーンが目を瞠ったまま全くの無表情になっていることに仰天した。
「うわっ!」
「テメー…どういうつもりだ…」
「ごごごごめん…ついはずみで!」
「へぇ…ツナにしちゃ随分こなれた挨拶じゃねーか…」
「いや、これはその…違うんだ、違うの! そういう意味じゃなんだって!」
「じゃあどういう意味だ?」
「ライフルが悪いんだ!」
「コイツがどうかしたか?」
「だからソレ隠そうと思って…だから…その…」
「物陰に隠しゃバレねーだろが。何でオレにキスかますことになるんだよ」
(あああ…もう言うなよ恥ずかしい!)

そんなの、してしまった自分にだってわかるものじゃないのだ。

これ以上あやふやにしようと励んでもイタチごっこが延々続くだけの気がして一足飛びで腹を括った。
ツナのけじめとはすなわち抗・読心術の解除である。
「っ…………」
途端に水を打ったように押し黙ったリボーンの顔を伺うことなど到底できるはずもなく、ツナはトスンと力なくベンチへ腰を下ろした。
日ごとに詰めてきた想いをこれ以上止められやしなかったしこれからも我慢し続けることはもう出来そうになかった。感情の吐露が原因でリボーンに気味悪がられてもいっそ構わないと想うほどに辛いのだ。本当は頭を掻きむしって死ぬ気で逃げ出したい気分だが、肝心の両足は立っていることもままならないほどフラついてしまい全く役に立たずの状態だった。
(何やってんだろ…俺…でも…)
「リボーン…」
「………何だ」
「ゴメン俺…お前好きになっちゃったみたい…」
「……………」
「でも隠せなくなっちゃって…ほんと…ゴメン…」
語を結ぶ前にリボーンの口から深い溜息がはき出されるのを聞いてしまい、つづくはずだった言い訳も声に乗るまえに唇からこぼれ落ちていく。
「──オレに言いたいことはそれで全部か?」
「…うん。」
直感で、つぎが最後通告なんだと感じてじんわり目元が熱くなった。
「おい。ツナ…」
「…うん。…──は?」
ツナは我が目を疑った。ツナの直上に振りかぶったリボーンの手にはエメラルドグリーンのスリッパがある。にこっ、とそれこそ十二歳相応の屈託のなさで破顔したかと思いきや──間髪入れずに平たく変形したレオンを振りおろした。
雰囲気に到底そぐわない乾いた音が夜空にこだまする。
「っ痛てーッ! なにす…──」
頭をスッ叩かれるという予想外の展開に目を白黒させながら顔を上げればその瞬間に鼻先が触れ合い、彼とのその距離に全身が居竦みを起こすより先に顎をクイと上向かせられた。彼からそうされると体が自然に動いた。
「っ………ん…」
自分の唇がもうひとつのさめきらずに残っている熱を伝え、教えてきてくれた。
薄く目を開けばリボーンの両目がツナをしっかりと見ている。戸惑って振り回されて隠してばかりの自分とは比較にならないほど静やかでしたたかな視線だった。

「不意打ち返し、だ。」

そう言って笑う。
(やばい…泣きそう。)
直接的なことを何も言われていないのに居心地の良すぎるこの空気が嬉しくて死んでしまいそうだった。
うつむいて頷くことでしか返事を返すことができない。
だがそれに満足したように彼は颯爽と立ち上がると、ライフルを肩口に携えて元生徒であり現恋人の目の前に立ちふさがった。




ツナだけに差し出された右手はお出でと空をかいている。
何かを言いかけて、やめて、それへ手を伸ばす。
がんじがらめだった心を解いたことで心を許されて、今こそ目の前の相手と何もかも共有したいのだとおなじ心がそうさせる。
自分の体温よりも安心できる熱に触れると同時にある可笑しみに気がつき、ツナは彼へ笑んでみせた。リボーンの大きな手と手をつないだのは、これがはじめてだったのだ。




《END》