『いつかどこかで見た風景。デジャヴーランドへようこそ!』
「デジャヴーランドへようこそ!」
「ギャーやめろよ! 着ぐるみの人困ってるだろ! てか俺が恥ずかしいだろ!」
ティーピーオーに準じてスーツから私服らしい服装に着替えたツナを見ても自分のスタイルを変える気は起こらないらしいリボーンは黒一色のスーツという物腰で入場ゲートを通過してマスコットキャラの着ぐるみと目が合うなり開口一番そんなことをのたまった。子どもウケするそのマスコット独特の決めポーズまで真顔でマネるものだからツナは恥ずかしくて堪らず、ずるずるとリボーンを隅の方に引っぱった。
「こういう場はノった方が勝ちなんだぞ」
「お前自分の歳考えて物言えよ!」
「何言ってんだ。オレはまだ押しも押されぬ十二歳だぞ」
「おまッ…俺よりデカい図体してる癖にまだそんなこと言えんの!?」
「ヒがむなよダメツナ。見苦しーぞ」
「見苦しいことやってんのはお前だろーッ!」
爽やかな青空の下にある遊園地で、モデルのように見目整ったスーツ姿の外国人美丈夫と日本人に見えない亜麻色の髪に薄茶の目をした日本人の童顔青年がいちゃつく構図は図らずしも周囲の目にとまる。
周りに人垣らしきものが出来はじめたことに漸くして気がついたツナはあわててリボーンの袖を引いて耳打ちした。
「わっ…お前がそんな格好してるから俺まで目立っちゃうじゃないかよ…! その服装だけでもなんとかしてくれよ…!」
「仕方ねーな…」
ひと言ふた言で聞きいれてくれるところを見ると、今回のアルバイトはあまり目だっては都合が悪いようだ。
ここで待ってろ、と言われて待つこと五分。再び姿を現したリボーンを見てツナは吹きだした。
「全然変わってねーじゃん! 何でまだ黒スーツ着てんの!?」
「何言ってんだ。随分変わったじゃねーか、ほれ。」
よく見てみろ。そう言外に示された先にはさっき自分たちを取り囲んでいた人々がいる。だが、同じように騒いだにも関わらず興味を持たれる事はなかった。むしろ完璧にスルーされている。
「ほらな。少し見え方を変えてやれば人目も随分変わるもんなんだぞ」
「変わりすぎだろ! どれだけここの人たち盲目なんだよ!」
「お前が鋭いだけだぞ」
「こんなところ褒められても疎外感感じるだけなんだけど…」
「まあ気にするな。ちょっとしたコツをてめーが掴んでるだけだ」
「な…納得できない……」
見れば一目瞭然なのでリボーンの仮装を見破るなんてお題目の特殊技能を心得ようとしたつもりもない。大体からしてリボーンが女装した時ですらもみあげはそのままなのにどうして皆一様に騙されるのか。そんな自分に同意してくれる人間は兄弟子のディーノだけだったが、即座に賛同を得るには時差七時間の距離はすこぶる遠かった。
「アルバイトの時間まで余裕があるからな、先にツナの労をねぎらってやるぞ」
「ちょっ、ちょっと待てよ!」
機嫌良さそうに勝手に歩き始めたリボーンに付いて行く形になり既に流されまくっているが他に選択肢はないのだった。
「──嫌だ。俺は死ぬ気で拒否するからな!」
「鉛玉で脳天ぶち抜こうってんじゃねーんだ、付き合えよ」
「いーやーだーッ!」
「今日オープンの乗りモンに乗らねーで何乗りに来たんだよダメツナ」
そんな押し問答を繰り広げている彼らの後ろに聳え立っているのは、上に行くほど幅を利かせる異様な設計の洋風ホテルだ。
遊園地に来ても一番楽しい乗り物はベンチだと公言して憚らないほどのチキンであるツナは招き入れられてなるものかと近場にあった屋外灯にしがみつき、リボーンを盛大に呆れさせた。
高級ホテルを模した施設のいわく付きのエレベーターでゆっくりじわじわ最上階までのぼり詰めたかと思いきやガバッと目の前が開ける恐怖の景色に眩暈を起こさせておいて息継ぐ間も与えず猛スピードで一階まで転落するアトラクションなんて冗談じゃない! のだとツナは主張するが、業を煮やしたリボーンがゆっくり懐に手を入れるジェスチャーを見せると条件反射で外灯から手を離し、それでも地団駄を踏んでどれだけ絶叫マシンが嫌いかということをアピールする。
「本当ムリ! マジで無理なんだって! 頼むから別のにしてくれよ!」
両手から死ぬ気の炎を出せば思いのままに空を飛び回れる青年が口走るセリフでは無いのだが、その言い様は真に迫っていて奇跡的に鬼の心を動かした。
「そこまでイヤなら譲歩してやってもいいぞ」
「ほんとに!?」
パアァァッと気が晴れたツナは早とちりしたことを後悔した。
「そこの射的場でオレに勝てたら別のにしてやる」
「結果見えてるじゃねーか!」
「やらねーんならさっさとアレに乗るぞ」
「うう…やります…勝負させてください…」
腕前を勝負すべく現役ヒットマンの後につづいて射的場の敷居をまたぐ事ほど虚しいものはない。負のオーラを背負いながら二百円を散財するツナとは打って変わってリボーンはやる気まんまんである。
西部開拓時代の酒場を模した射的場に備え付けられたライフルは横にズラッと十九丁。ガンマンの世界で統一している店内だけあって射的のマトにも洒落っ気があり、酒場のカウンター内に並べられた酒瓶やグラスを狙うようになっていた。
その真ん中あたり、十番と十一番に陣取ったリボーンとツナはそれぞれ十発を撃った時点の総合点で競うことにした、のだが。
「あ…あれ、この銃の弾は?」
「赤外線センサーで判定するみてーだな」
「あ、ほんとだ…銃口が塞がってる。にしてもばかに重くないか?」
「模造銃は重心がブレまくってるせいで余計に重く感じるんだろ。だが本物のコイツはもっと重いんだぞ」
ヒートアップした守護者や部下やよそのファミリー構成員を止めるにイクスグローブを填めたこぶしのみで闘うツナはボス歴云年をしても拳銃や小銃を扱うことが嫌いなので銃の重みはいつも新鮮な感じがする。
とりあえず一番狙いやすかったゴブレットの十点マトに照準を合わせて引き金を引いた。だが、カチという不発音のみで発砲の効果音も判定も出る様子がない。二度三度引き金を引いてもカチカチと虚しい音が響くばかりだ。
不良かと銃身を眇めれば横からリボーンの腕が伸びてきて、ライフルの引き金ガード部分を下にぐいと押しさげた。ガチャンと何かが填り込んだ音がする。
「この時代主流のウィンチェスターライフルはレバーアクションだ阿呆」
妙なところまでマニアックな射的場のせいでこれまたマニアックな注意を受ける。マニアは自分の分野の基礎知識を一般常識とすげ替え知っていて当然だと思ってくる節が多々ある。ので、せっかく人目に付かないらしい服装になったというのにリボーンのひと言は両隣のお客の視線を集めてツナはまたしても恥ずかしい思いを味わった。
蛇足だが、この銃の装填法は横の壁に図解でしっかり書いてあった。他のお客さんはその絵を見て操作を理解したのだが、ツナはリボーンが横にいるせいでそっちの方を向くことが出来ないのだ。ソフト帽をカウンターに置いてライフルを構えサマになっているであろう彼を視界に入れる事などとんでもない、と撃ち落とされまいとする恋心を抱えているためである。
改めて照準を定めて引き金を引く。大げさな効果音が射的場に響いたあとの判定はゼロ点だった。
「あーあハズレちゃった…」
すぐ隣で銃声が響きツナが狙っていたグラスの後ろをちろちろ走り回っているネズミのマトがぱたんと倒れた。判定は百点だ。
「こいつらの性格を見る気がねーからだ」
模造銃一丁一丁にも個性と魂が宿っているのだぞと言外に匂わす狂ったセリフだったが、たった一発で百点も差をつけられてしまった手前なので何も言い返せない。西部開拓時代よろしく正しきは常に勝者にある。
(くっそー…こうなったら…)
負けず嫌いでは決してないが絶叫モノに押し込まれることは死ぬ気で拒否したいので手段を選ばずツナはズボンのポケットに手をつっこんでミトンを両手に填めた。ミトンがグローブに進化するところなど目立ち過ぎて一般の人の目に触れさせたくないのでポケットから両手をひきぬいた時にはしっかりグローブに変化させておく。
しかしどこにでもあるシャツにジーンズとスニーカーという服装で来店しておいて射的を始める時になっておもむろにメタルな黒グローブを填めて銃を構える姿はすでに常軌を逸しているのでツナのまわりを一層大きなヒソヒソ声が飛び交った。
「随分マジになるじゃねーか」
「…うるさい。」
リボーンと張り合うにはハイパーモードに頼るしか道はないと分かっていても、ヤだ隣の人グローブ填めてる、とか。変人なんじゃない? 、とか。周囲の人全ての声がクリアに聞こえてしまう諸刃の剣的な特性が殊更憎い。
(これは願掛け願掛けなんだ…)
そう脳内で繰りかえして人々の声をなんとか相殺しながら高得点に狙いを定め、撃った。
隅に設置してあるスロットマシーンにヒットするとコロコロと回り始めたリールがスリーセブンを叩き出しツナは三百点を獲得した。
途端にどよめいたギャラリーをからかうような口笛が聞こえたかと思いきや、スロットマシーンのマトがまばたきの合間に撃ち抜かれてもう一度スリーセブンを叩き出す。何十人もの好奇の目を背後に受けながらアッサリとそんな芸当をやってのけるはライフルを肩にのせてニヤニヤと斜に構えたリボーンである。
「で、次はどこ狙うつもりだ? オレはどこでも良いぞ。好きなところ狙えよ」
「イヤミすぎだぞリボーンっ!」
いきなり巻き起こったハイレベルな争いにざわつく外野からは写メの音がシャリーンシャリーンと聞こえてくる。後ろにいる待合のお客どころか同じく射的をしていたはずのお客までが自分たちに見入っている風体だ。まさに全方向から注目を集めている。
芸能人的な扱いを後ろ背にいっそ消えてしまいたい衝動に駆られつつマトに照準を合わせ続けなければならない憂き目に遭い、最後の一発までツナはなけなしの根性を奮う羽目になったのだった。