counter

「倉庫の整理?」
ようやく目を通し終えた書類を回収に来た右腕が去り際に確認してきたひとことにツナは目を瞬かせた。
「はい。ボンゴレにとって大事な宝や品物ばかりが収められている場所ですので、今回の大がかりな清掃に取りかかる前に十代目に許可をいただきたいと思いまして」
「うん、いいよ。手筈は獄寺君に任せるよ。けど、ちょっと俺も見に行ってもいいかな?」
「もちろんです!ですが気に掛かるものが倉庫にあるようでしたらわざわざ十代目にご足労頂かなくても俺がこちらに持参いたしますが…」
「ううん!そういうことじゃ無いんだ。ただ興味があるだけだよ。だってボンゴレの宝って凄いのありそうだし!」
「っ──お任せ下さい十代目!!」
最近執務室での仕事詰めで灰色の日々を送っていたツナの久々に生き生きした顔を見てしまうと獄寺は窘める言葉を一気に喉の奥に押し込んだ。



* * *



「ははぁ…凄い量だね…」
「記録ではボンゴレの歴史的価値のある品物の五〇パーセントが収められています」
「この量で半分なの!?わぁ…スゲー…」
それ以降は言葉を忘れたように黙りこんでしまったツナが視界に入れている景色はまるで北欧発の巨大ショッピングセンターばりの背の高い棚の連続だった。全体の床面積は並盛中学校体育館くらい余裕でありそうだ。そして棚ビッシリに詰め込まれているダンボールや木枠の量も半端ではない。なかには箱詰めされておらずそのまま透明なビニルだけが掛けられている品物もあり、そのどれもが年季の入った骨董品のように見え異彩を放っているのでツナは国営博物館の保管倉庫に来ているような錯覚を覚えた。
「ちょっとぐるっと見てきていい?獄寺君は自分の作業進めてて良いから…」
「滅相もない!ご一緒します!十代目に何かあったら俺の気が済みません」
「いいよいいよ気にしないで。俺のことは空気と思って!じゃ、ちょっと見てくるね!」
「十代目ェ!!」
探求心を抑えきれないツナは棚と棚の隙間を縫うように体育館の奥に消え、後にはあっという間に置いてけぼりをくった右腕の悲痛な叫びが響くのだった。

「珍しいものが一杯あるなぁ…どれも何に使うのかよく分かんないけど…」
量の多さにダンボールの中身まで調べて回る気は起こらなかったが、通路を歩いているだけでビニルの中の造形物はツナの目を楽しませてくれる。
「……ん?あれは…──」
見て回って二〇分ほど経った頃だろうか、何度目か分からない曲がり角を曲がった時、自分も大変見覚えのあるものに出くわした。
「ランボのバズーカじゃないか…!」
そう言えばとツナは事の経緯を思い出す。あれは五年前の一月。ボンゴレでパーティーを開いた時に悪ノリした守護者が「賭けカード」を始めて、不運にも強制参加させられたランボの負けが込んで文字通り身ぐるみ剥がされた際、巻き上げられた金品の中にこのバズーカが入っていた覚えがあるのだ。
「…ひどいことするなぁ……もう返してあげよう」
涙でぐしゃぐしゃになっていたランボの顔を思い出し、罪悪感からツナの手がそのバズーカにそろりと伸びた。…その時だった。
「──…わあっッ!!」
ぼごん!という、まるで大砲が風邪を引いて咳き込んだようなくぐもった音を残してツナの周り半径五メートルを濃密な煙が包む。
「十代目!!御無事ですか!!」
声を耳にするなりあわてて駆けつけてきた獄寺は煙の奥のシルエットの中にボスの姿を見て居ても立ってもいられずそこへ飛び込み、肩を貸して助け出した。
「十代目!しっかり!」
目を回しているツナに向かって獄寺は両肩をむんずと掴んでありったけ揺さぶるのでツナはすぐに覚醒した。
だがそこで獄寺が耳にしたのは今後の獄寺トラウマランキングの上位に必ず食い込んできそうなツナの何気ないひとことだった。

「……誰…ですか?」



* * *



「俺がついていながらこのような事態を招き申し訳ございませんんんん!!十代目ェェエエエエエ!!」
「うるせぇな!わーかったから病室で泣くんじゃねぇ!」
三時間謝り倒しの獄寺に制止の声を投げつけたシャマルは、話をききつけやってきた他の守護者にボスの症状を説明した。
「原因はバズーカで間違いないだろう。もう五分経ってるから次はいつ戻るかわからねぇが、やっかいなことに碌な手入れをされていなかったせいでバズーカ内部に故障が生じていたらしい。ツナの見た目は変わりねぇが……おい、獄寺」
「おう…。十代目、今日が何年かお分かりになりますか?」
「……一九××…ですか?」
「…………!!」
そのあどけない口調が引っぱり出して来た年を聞いてその場に居た人間殆どが固まった。
「ってな訳だ。外見が二十四でも、中身は十六年前に戻っちまってるらしい」
「っつーことは今のツナは八歳ってことか?」
山本が確認を重ねるとシャマルは短く同意した。
「そうだ」
「…………」
その場に居た人間一同が食い入るようにボスの動向を見ると、注目されることにまだ免疫耐性のないツナは目元をうるませてびくびくと震えていた。



* * *



イタリア一の規模を誇るボンゴレファミリーのボスの中身が十六年前に退行した、などという話をボンゴレの外に出さないようにこの件についてレベル5の最高の緘口令が布かれてからまる一日が過ぎた。
最重要機密事項と銘打った裏でどうすればツナを元の二十四歳の精神年齢に戻すことが出来るのか一同は知恵を絞りあっていたが良い案は思い浮かばず、とりあえずツナがこの場所をこれ以上不審がらないように極力フレンドリーに接する通達が主要な幹部全員に発信された。そして、今この「未来」に影響を及ぼさないようにするため、細心の注意がはらわれた。万一過去の八歳のツナが覚えてしまっては困る言葉も極力伏せられたため、ツナの前では全員匿名を使うことを義務づけられた…のだが。
「わあ!リボーンだ!!」
話を聞いて様子見に出先から帰還したリボーンが執務室にやってくると、床にあぐらをかいて獄寺とブロック遊びに興じていたツナはさっそく彼の名前を言い当てた。
「じゅっ、十代目なぜリボーンさんの名前をッ!?」
臨時の目付役になった獄寺がうろたえればツナは不思議そうな目を向ける。
「リボーンはおれの先生だもん!忘れるわけないもん!」
「……そうかお前、あの時のツナか。そういやそうだな。歳も八つで変わりがねぇ」
ひとり合点がいったヒットマンだが獄寺は中身がまったく見えてこない。
「おれ、自由帳もってないんだけどリボーンの顔はちゃんと覚えてたよ!えらいでしょ?」
誉めて誉めてオーラを全開にしながらツナは満面の笑みをふりまいてリボーンに笑いかける。その菩薩のような温かい笑顔は十代目を敬愛している獄寺にはいささか刺激が強すぎた。
「……鼻血を拭け」
「す、すみません…」
ヒットマンから備え付けのティッシュ箱を投げられて獄寺は俯きながら鼻をかんだ。



* * *



当然ボスとしての仕事をこなすことのできないツナだが、ボンゴレ的に困るのはもちろんボスの仕事の遅延などではない。
「じゅうだい…いえ、沢田さん、こちらでお間違えないですか?」
「あっ!おれのボンゴレンジャーカードだ!しかもちょっと綺麗になってる!」
「俺が磨いておきました!じゅうだい…いえ!沢田さんの為でしたらこれくらい何でも無いです!」
「わぁ!ありがとうハヤちゃん!」
一〇〇パーセント本心の感謝を向けられて得意になった獄寺の手には、十六年前とっくに販売終了になっているはずのボンゴレンジャーカードがコンプリートされた特製バインダーが後光の射す勢いで握られていた。
実は獄寺が手にしているバインダーは、無くし物の多い綱吉少年の実家に保管されていたものではないのだが、そのあたりの細かいことを物忘れのはげしいツナが覚えているはずも無かった。
十六年前の当時、一枚二〇円だったカードは今ではマニアの間で高値で取引される一品になっていたのだが、そこは天下のボンゴレの力業である。収まるべき所にバインダーを収めた獄寺の思考の裏ではさっそく苦労がねぎらわれ、日本で恫喝したカードマニアの悲愴な顔など消えていた。
「おれこのカード集めるのにすっごく時間かかったんだ!カードのために一日十円のおこづかい貯めてたの。おれの宝物なの!持ってきてくれてありがとうハヤちゃん」
「滅相もない!じゅうだい…いえ!沢田さんの為でしたら例え火の中水の中ッス!!」
「──必要以上に甘やかすもんじゃねーぞ獄寺」
身を守るための死ぬ気にもなれないうえに炎も出せないツナのそばで警護することになったヒットマンから呆れた声が上がる。
「し…失礼しました…」
我に返り身を縮ませた獄寺のうしろで扉が開く。入ってきたのは山本だった。
「おー待たせたなツナ!ちらし寿司作ってきたぜ」
「わーやったー!ありがとうタケちゃん!」
「タケちゃんかー!ツナに言われるとそんな名前も悪くねーのな!」
あははと年上の兄貴のような風体の山本はツナの頭をわしわしと掻き回した。精神年齢的には正しい構図なのだが実際の見た目は二十四の男同士の一種異様なじゃれ合いである。
「テメェ軽々しく十代目の頭に触るんじゃねぇ!!」
「じゅうだいめ?」
「……ハッ!あっ、いえ…何でもありません沢田さんこっちの話です…!!」
「あははははは」
「…………」
右腕と左腕と八歳のボスのやりとりを見ていて内心呆れかえるリボーンだった。