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…どうしてツナ兄は僕を置いて行っちゃったのかな…
そんなにスモーキンボムのことが大事だったの?
……僕はもういらないのかな…
そんなのやだよ…ツナ兄に嫌われたくないよ…
神社の境内に入る階段の隅から動けなくなった僕の頭の中で、ツナ兄のさっきの顔ばかりがリフレインする。膝のうえに顔を突っ伏して考えを振りはらおうとしてもツナ兄の悲しそうな顔は頭に焼き付いて離れなかった。
「…そんなの…やだよ…嫌われたく…ない……」
口に出してもツナ兄はもう帰ってしまったからこの場が好転することはありえないのに、口から漏れる嗚咽は防げなかった。
「おい、ランキング小僧。テメェいつまでそこに居やがる気だ」
ツナ兄のことで頭がいっぱいで周りに気をめぐらす余裕もなかった時に突然声を掛けられたので思わず身が竦んだ。スモーキンボムの声だと分かったのに弱味を見せてしまったことが悔しかった。
「テメェが帰らねーと十代目が心配なさるだろうが」
「…………」
だんまりを決め込んで返事を拒み続けると心底嫌そうな長い溜息が落ちる。
「…ったく、そういうところで妙に凹むところが嫌なんだよ。大人ぶるなら意地でも『大人』らしくしてろよ」
「なッ…なんだよ!元はとえいばお前が悪いんだ!」
もったいぶった挑発に我慢ならなくなって顔を上げるとスモーキンボムを睨みつけた。撤収を終えた露店の機材を脇に抱えながら面倒臭そうに後頭部を掻くスモーキンボムは僕と目が合うとまたひとつ溜息つく。
「そうやって十代目にも責任転嫁すればいいんだよ。全部十代目が悪いってな。そうすりゃ俺だってお前を心から非難してやれるのに。」
「大事なツナ兄にそんなことするわけないだろ!!」
小さくてやりきれない握りこぶしを空に振り上げながら僕は叫んだ。
ツナ兄を悪者にしろという言葉を受けて僕が噛みつくことが意外だ、とでも言いたいようにスモーキンボムは目を細めた。
「何でだよ?何でも許してくれるはずなのに俺のことを曝こうとしたお前を十代目は許さなかったぜ。ってことは、いくら能力があっても人間の中身を好き勝手に曝くことは許されないと十代目は考えていらっしゃるんだ」
「…………」
足を止めて肩にかけていた荷物を下ろしてまで言わんとしていることが僕には見当がつかない。悔しくて堪らないけどもうスモーキンボムと僕との勝負はついているんだ。内心戸惑いながら睨みつけているとスモーキンボムは胸元からタバコを一本取り出した。火を付けて一口吸うと、白煙に混ぜていかにも重々しく振る舞いながらまた深い溜息を吐きだした。
「──それでも十代目がお前に対してあんなに無防備にしてらっしゃるのはどうしてだか…そろそろ気が付けよ。」
「…っ…」
それを契機に一層生彩を放つスモーキンボムの眼は今までより段違いに鋭かった。
「お前の事を全面的に信じてるんだ。ランキング小僧、お前は人が嫌がることはしねぇ奴だって十代目は心から信じていらっしゃるんだ。それがどれほどの覚悟なのかお前は知るべきだ。」
僕はやっぱりスモーキンボムを睨みつづける。それしかできない。
「だから十代目のその信頼を身勝手な欲で裏切ろうとしたお前を俺は許せねぇんだよ。」
「何だ…とぉ…っ…」
「何だよ?」
タバコを咥えながら平然としているスモーキンボムが憎らしかった。
(お前だって…お前だって!ツナ兄に迷惑かけ通しのスモーキンボムのクセに…!)
頭の中で何十回と喚くほどの憎しみを覚えこそすれ、スモーキンボムの言うことに一瞬でも怯んでしまった僕に正面から言い返すことは出来なかった。意味の無い声で小さく呻くだけが精一杯の僕の思考に、スモーキンボムの的を得た言葉ばかりが山彦みたいに繰り返される。
「…うっ……うっ…く…」
次から次に溢れ出てきた涙は洪水みたいに僕の頭をかきまわす。左右交互に両の袖でカッコ悪い涙を拭ってパニックを抑えつける。そのあいだスモーキンボムは何もしてこない。黙り込んでただ僕のことを目の前から見下ろす壁みたいになっていた。
「うっ…くっ…ううっ…、ツナ兄……ツナ兄に…会いたいよぉ…っ」
もう誰に見られていようが構えなかった。一度手が付けられなくなるとスモーキンボムの存在さえ気にしていられなくなって目まぐるしい感情の濁流に呑みこまれた。
「やだよツナ兄ーッ!僕を置いてかないでよー!! 置いて行っちゃやだあーっ!! わあああああーん!!」

ツナ兄に会いたい。でも僕はツナ兄に嫌われてしまった。嫌われることをしてしまったのは僕だ。だからもう会いになんか行けない。なのに…それでも、僕は──

「フゥ太っ!」
「……っ!」
闇色一色の分厚い吹きガラス越しみたいになっていた景色のど真ん中へ急に明るい色が飛び込んできたので僕は両目を何度もしばたたいた。
「フゥ太ってば!早く帰ってこないから心配したじゃないか!何してるんだよ!」
「ツナ…兄?」
僕はまた都合の良い夢を見ているのだと思った。なんて長い夢なんだろうと茫然としながらぼんやりツナ兄の顔に見入っていた。
「ツナ兄…なの?」
実感がもてなくて思わず聞き返した僕の問いに答える前にツナ兄は不自然に目を細める。するといくらも経たないうちに仰け反らんばかりの驚きに目を瞠った。
「えっ、なっ、…フゥ太お前泣いてるの!? どうしたの?俺がいない間に何があったの!もしかして…獄寺君がなんかしたの!?」
何度も話しかけてきてくれるツナ兄に、「なんでもないよ」って返事したいのにうまく口を使えない。俺は信用無いんスね十代目…!とツナ兄の後ろでひっそり静かにタバコを吸うふりをしてスモーキンボムが泣いていたけど僕はもうそんなのどうでもよくなっていた。
(僕…言わなきゃ…今すぐ…言わなきゃ…)
「フゥ太?」
まぶたが信じられないくらい重い。重力が百倍になったみたいにだるくて、全身の自由が利かない。まともな言葉ひとつ考えられないくらい眠かった。