「お前が訪ねてくるとは珍しいなコラ」
コロネロは突然の来訪にいくぶんか驚いたような態度をみせた。
ツナは居ても立ってももいられず、スニーカーをひっかけると一目散に笹川家へむかってドアチャイムを鳴らしていた。そして今は二階にある了平の部屋に居り、彼とコロネロとで男三人むさ苦しく顔をつきあわせることになった。因みに、紅一点の京子は夕飯の支度をするため買い物に出かけているとのことである。それを聞いたときツナはほっと胸をなで下ろす、なぜ安心したのか理由はツナ自身もよく分からなかった。
「それにしても師匠がここにいるとよく分かったな!沢田!」
何を言うにも声を張り上げる了平は相変わらずだが、今や学歴は大学生だ。
「ジャンニーニさんから聞いたんです」
「ジャンニーニ?おお!あのヘンテコな空飛ぶ舟に乗った男か!」
比喩がなかなか古くさいのはご愛嬌である。
「ボクシング部の大学対抗試合が来月あるのでな、師匠に頼みこんで俺のスパーリングに住み込みで付き合ってもらっているのだ」
「ボクシングは海軍時代を思い出すぜコラ」
そう言うコロネロは機嫌がいいようだ。
アルコバレーノという人種は全員こうなのかとツナが再認識させられるほど、コロネロも今やツナの背丈に限りなく近い身長を誇示していた。きめの細かい金髪をヘッドバンドで覆った下の顔立ちは、町を歩けば十人が十人振り返り見惚れるであろうくらい整っており、極めつけにその切れ長のまぶたに隠される両目は珊瑚礁のひろがる海のようにすき通った透度を誇るアイスブルーである。
この男が大学対抗試合に了平のセコンドとして参加するのだ。
目も眩むような美形がモスグリーンのタンクトップと迷彩のズボンに身を包み、唯一身につけている装飾品は鍛えぬかれた胸元で輝くドッグタグという、服装からしても並外れた存在感である。そんな外国産の青年美丈夫が、刺激をもとめてやってきてた大勢の観客がひしめくところへ姿をみせて大丈夫なのだろうか。大ごとに巻き込まれるのは極力避けたいと思いながら日々を暮らしてきたツナは少しだけ危ぶみたくなる。もっとも、コロネロ以上にマフィアという非日常に巻き込まれているのは自分の方なのだが──。
ツナはかぶりを振った。そしてコロネロに訊ねる。
「コロネロ、お前がなった成長痛に今リボーンが掛かってるんだ…何とかならないか?」
すると、コロネロからぽーんと弧をえがいて硬く光るものをツナは渡された。よくよく見るとそれは無色透明の液体が入った小瓶だった。赤い蓋に『V』と彫り刻まれていて、イタリア語でかかれたラベルが貼られている。その小瓶は封すら切られていない真新しいものだった。
「白いマフィアが開発したその病気の特効薬だ。軟弱者はすぐそんなもんに頼りやがるなコラ」
「師匠がその病にかかっていた時にな、ボンゴリラとかいう薬屋が師匠あてに送ってきたのだ」
普通の度合いをかるく凌駕して『ボンゴレ』を間違えている了平はそれでもなお堂々としていた。
「くれてやる。はじめからオレには必要ねぇからな」
「本当か!?サンキューコロネロ!!」
するとその時、何かに弾かれたようにコロネロは鋭い目で辺りを窺った。背負っていたライフルを素速くぬいて撃鉄を慎重に起こす。戦闘態勢に豹変したコロネロの様子にツナと了平は訝しんだ。鬼教官はぽけっとしているツナを蔑視(べっし)した。
「これが十代目になるとはな。ボンゴレも落ちぶれたもんだコラ」
「え?」
「つけられたな。お前」
「だっ誰に!?」
「……襲ってくる気配はねえなコラ…──そうか、あいつか」
片膝をついて窓のサッシに座ったコロネロが、窓の外を覗くようにツナを顎でうながす。
「下を見てみろコラ、デカイ知り合いが転がってるぜ」
ツナは慌てて言われるまま玄関の辺りを見下ろした。
「じゃっ…ジャンニーニさんッ!」
そこに倒れていたのはパワーウィンドウを割られ宇宙船をボコボコに壊されて、ぴくりとも動かない武器チューナーの姿だった。
「ジャンニーニさん!」
二階から転がるように駆けおりてツナは家の門に飛び出した。ジャンニーニの傷は裂傷こそないものの、腕、腹、頭あちこちに殴られたような痕があり、とくに右目は青く腫れた大きなたんこぶをつくって大変痛そうであった。ううう、と弱々しく苦しそうな呼吸が聞こえてくる。
「だれがこんなひどいこと………うわっ!」
不意に死角から黒いエナメル質のジャケットをまとった腕がうしろから伸びてきて、ガッと首を拘束されてしまった。そのびくともしない強靱な腕と相手の見えない恐怖で『ダメツナ』が本領を発揮する。
「ひーお助けーっ!」
軽いパニックに陥ったツナはすみませんごめんなさいもうしませんと訳も分からずトリプル増大法で平謝りに謝った。後から飛び出してきた了平に続き、コロネロがやってくる。そしてコロネロはツナを締めあげている男を見てとると淡々と問いただした。
「スカル、お前何しに来たコラ」
「スカル!?」
マフィアランドを襲ってきたあのスカル!?記憶をよび起こしたその拍子にツナは前へ突き飛ばされた。尻餅をつきながら反動で振り返ると鎧ダコが描かれた見知ったフルフェイスヘルメットが目に飛びこんでくる。それは真っ黒なライダージャケットに身を隠し、ごつごつした岩場もらくに駆け上がれそうなオフロードバイクにまたがっていた。背丈は他のアルコバレーノ二人に比べればやや低いのかもしれないが、どっちにしたって六歳児には到底見えない男がそこにいた。
「あっ!薬──!」
さっきの拍子にズボンのポケットから盗られたらしく、スカルが右手に握っている成長痛の特効薬とジャンニーニに渡したハズの死ぬ気弾一発を目撃してツナはギョッとした。しかし、その様子など眼中にないようでスカルはコロネロひとりを睥睨(へいげい)する。
「コロネロ先輩──オレは先輩に恨みはない。余計な手を出さないでくれ。恨みがあるのはリボーン先輩だ…オレはもう昔のスカルではない…!それをリボーン先輩を殺して証明してやる!」
「んなっ!こっ…殺す!?」
殺人といういきなり物騒な言葉が飛び出してきたのでツナは仰天した。その横でコロネロはスカルを正視する。
「弱ってるリボーンを殺るのがお前の復讐かコラ。情けねえな」
「だっ…黙れ!オレを侮辱すると許さんぞ!」
その性格どうにかならねぇのか、とコロネロは短い溜息をひとつついて、言い放った。
「オレはヤツとは関係ねえ。好きにしろコラ」
「っ!コロネロ!」
「さすが先輩だ、話がわかる──沢田、これはオレの報復に邪魔だ。すべて終わったときにでも返してやる」
言うが早いか忽ちスカルはバイクに火をいれて走り去ってしまった。その様子をただ指をくわえて見ているしかなかったツナはどうにもならない怒りを残ったコロネロにぶつける。
「コロネロ!何でスカルに渡すんだよ!!」
「お前が油断したからだ。自業自得だコラ」
「!!」
言い返せずに黙りこんだツナに向かってコロネロは容赦なく畳みかける。
「引き返すのもスカルを追いかけるのもお前次第だぜ。お前がやり抜きたい事なら奴を止めてみせろコラ」
「そ、そんなのできるわけが………っ相手はお前と同じアルコバレーノなんだぞ!?」
その様子を見てぐずぐずした態度が我慢ならない年下の軍人は一発殴ってやろうかと正面切ってツナの襟を掴んだ。だが、いままで様子を黙ってみていた了平が腕組みを解くと突然「師匠!オレにも言わせてくれ!」とそのコロネロの握り拳を角張った手で力強く引き留めた。厳しい顔つきだったコロネロの力が若干緩くなったのを感じとった了平は何も言わず一礼で返す。そしてそのままツナの肩をがしっと掴むと自信満々に、ご近所に轟くほどの大声で叫んだ。
「全くもって状況がよく分からんが!!沢田!お前ならやれるぞ!!お前はやるときでもやらんときでもやる男だ!!」
「お…お兄さん…」
聞き返すとよく分からない叱咤激励にその時のツナは何故か大いに乗せられて感激してしまった。信じやすい性格。これもリボーンが選んだツナがボスとしてあるべき素質のひとつかもしれなかった。
「師匠も同じ意見であろう!」
「オレは元からそう言ってたぞコラ」
フンと鼻をならしてコロネロは不満げにこたえる。
「コロネロ…」
「京子が帰ってきて騒ぎ出すと面倒だ。さっさと行けコラ」
「パオパオ師匠によろしくな!沢田!」
「ありがとう、コロネロ。京子ちゃんのお兄さん──」
うつむいて急に黙り込んだツナの額に、ふと赤い炎がめらりと揺らめいた。そのとたん手を覆っていた白い手編みミトンがバシッ、と弾くような音をさせて黒光りするイクスグローブに変貌を遂げる。ツナは薄い金に染まった目を見開くと宣言した。
「死ぬ気で──スカルを追いかける!」
息つく間もなく死ぬ気全速力で駆けだしたツナはスカルがバイクで走り去った方向へあっという間に消えてしまった。自分から死ぬ気になったからなのか、それともこの五年で調整出来るようになれたのか、服は少しも破れずに済んだので少なくとも警察に捕まることは無さそうである。沢田はいつでも威勢がよいな!と了平は晴れ晴れしい顔で感嘆の声をもらした。だがその一方でコロネロは黙したままであった。
「…死ぬ気弾か…」
「師匠、どうした?」
「アレが力のセーブを勝手にとっ払っちまうような物騒なモンなら──アルコバレーノにそれを撃ったらとんでもねぇ事になるぞコラ」
つづけてコロネロは言いきった。
「ヘタすれば町ひとつ消えるぜ」
「何と!師匠、それはまことか?」
「了平。オレが冗談を言うような男に見えるかコラ」
「うぬ、師匠は言わぬな!断じて!」
自分の住んでいる町が消し飛ぶぞと言われたのにも関わらず、了平は全力でコロネロの意見に賛成した。師匠はもとより、その弟子もなかなか末恐ろしい男であった。
「おい了平、オレもこの男には世話になった。ケガの手当くらいしてやるぞコラ」
「極限まかせろ!運んでやる!」
わしづかみにして軽々持ち上げた宇宙船をジャンニーニごと自宅へ運び入れる。弟子に続いてコロネロも笹川宅へ戻ろうと踵を返した。しかし、気がかりをおぼえて立ち止まり、そのまま空を睨むように見上げた。
「──ひと雨来そうだなコラ」
すぐ真上まできているよどみきった雲を見据えてコロネロは小さく舌打ちした。