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── パンッ


いやに乾いた音だった。
空中で音を破裂させたそれは正真正銘、改悪処理をされた死ぬ気弾だった。ホーミング機能を装備したジャンニーニ特製の死ぬ気弾が容赦なく彼の頭部をつらぬいた。たちまち喪失感に襲われる。そして言い知れない澱みのようなものが彼の中からあふれ出した。ひどい威力の前に何もかもがひれ伏して無防備になる──止められない。
手足の感覚がしびれてきた。立っていられず膝をおって倒れこんでしまう。蜘蛛のネバついた繭のような薄い膜が一枚、また一枚と厚みを増して思考にかぶさり、遂に自分を侵略しようと這い上がってきた。彼は懸命に抗(あらが)った。四つあしをついた腕と足を叱咤して地面にすがり震えを殺そうとした、だが、いよいよ激しくなる頭痛に虚を突かれてその努力も散漫になってしまう。額に脂あせが滲むほどのにぶい痛みに喉からこみあげるものを感じて堪らずむせた。
「な…なんだこれは……何が…」
スカルは目の前の惨状に怒りを忘れてあぜんとなった。
「あぁぁァ…ッ!」
「沢田!?」
ツナの叫びを聞くままで全く状況が呑み込めないスカルは手探りのまま一時(いっとき)前を思いおこし、ツナが驚異的な速さで自分の脇をすりぬけ背後に立った記憶をつかんだ。
「(まさか貴様に庇われたのか?このオレが!?)」
未だ何かに苦しめつづけられている彼を呆然と視界にいれたまま、スカルは信じられないものを見たような顔をしている。そして、一方のかれは普段の死ぬ気弾とはまったく異なっている空恐ろしい感覚に嗚咽しながら、今にも意識を奪われようとしていた。

視界にフルフェイスのヘルメットを被った少年が映る。一瞬でも気を抜けば自分が自分ではなくなってしまう確信をもってツナは自分を叱りつける。だが、ツナの奥底で悪魔のような男があらわれてコロシテシマエと甘くささやきはじめた。やさしい声に喚び起こされるままツナは少年を破壊し尽くしたい衝動に駆られ、片膝をついてなんとか体を持ち上げ、ゆるゆるとその首へ手をのばした。無防備なまま自分を見つめる少年が何かを言った。その言葉をかき消すように声がかぶさる。サア、コロシテシマエ。感情のない声が自分の両手に何本もの手を絡めながら惨(むご)くささめく。
「(ああ、ダメだ…)」
このまま拮抗したままでいられる自信は到底なかった。ツナは霞んで消しとんでしまいそうな意識を懸命にはげまして声を振り絞った。
「き、きみ…たのむから……っ逃…げて…くれ」
「何を言って…」
「はやく…ッ!!」
そうはさせまいとかげの男がツナの喉を覆いはじめた。ぞっとするほど冷たいその指先は黒いシミを撓(たわ)ませながらじわりじわりと喉に染みこんでくる──。ヘルメットの子どもがふたたび視界にうつる。刹那、ツナは自分のなかでガラスのくだける音を聞いた。
「…おい…沢──がはっッ!?」
スカルが声をかけようとした矢先、躊躇なくツナの右の細腕がぎりっと首を締めつけてきた。喉笛を握り潰さんとする圧力が首にかかってきて、更に、それをしているのがさっきまで立ち上がれないほど苦しんでいたツナという光景にスカルは狼狽した。不意をつかれたスカルは何とか持ち直そうと首にかかる腕を払おうとするがびくともしない。アルコバレーノである自分の力が及ばないのを知ってスカルは未知の力を前に凍りついた。これが味わったことのなかった死の恐怖というものなのだろうか、氷の彫刻をおもわせるツナの無表情にスカルはゾッとした。
喉がひゅうっと息をのばす。酸素を肺にいれることができない。次第にスカルの視界がおぼろげになっていった。それを見てとったツナは機械的にもう一つの腕を振りかざした。

「やめろ!ツナ!」
雨水を帯びて暗うつとなった空気を跳ねとばすような声が高々と駆けぬけた。ツナが緩慢な仕草をして声の主を確かめようと振り返る。スカルはそれを目で追った。もはや声のでない喉でスカルは白いマフィアのボスの名をつぶやいた。それを聞きとったとでもいうのだろうか、ツナは目じりをすうっと細めて興味が無くなったものを手放すように右手を解いた。拘束をとかれたスカルは自身の重みでそこへ崩れるように倒れこんでしまった。むせて荒く息を吐いたまま動けずぐったりとしている。
「リボーンから話は聞いた。一体……何があったんだ…?」
ディーノは慎重にツナに話しかける。ツナはそれを感情のないまま一瞥すると、次は兄弟子を標的としたらしく初動が目に見えぬほどのおそろしい速さで間合いをつめてきた。
「!!」
とっさに鞭を出すディーノだったが、その視界にはもとより彼の背後にも部下の姿は見えない。絶体絶命の状況に、強固なイクスグローブをまとったツナの拳がディーノを狙い、放たれる──その時だった。

「何してる、夏休みも残り少ねーぞツナ」

ぴたり。ツナの拳が止まった。
ディーノの後ろにもうひとつの気配を感じたツナは直感にならい後ろに跳びしざった。それに相反するように人影があらわれる。この世に二人としていない、家庭教師とヒットマンのふたつ名を名乗る最強の男。オレンジのラインがまぶしいソフト帽とおちついたブラックスーツ、きわめつけにエメラルドグリーンのこわ肌をした愛獣を肩に乗せた、いつもと変わらないリボーンがそこに立っていた。
「すまねーなディーノ、世話をかけたぞ」
ディーノはツナの様子を注意して見張りながら返事をする。
「けどなリボーン、俺が持ってきた薬飲んでからまだそんなに経ってないだろ…大丈夫なのか?」
「歩ければ問題ねぇ」
リボーンは短い言葉を返してツナの方に一歩ずつ踏みだした。さっきまで一方的に相手を追いつめることしかしなかったツナの頬にひと筋の汗がつたう。気圧されるようにツナはずるずると後退した。目のやり場に窮して一瞬だけ殺し屋の目を正面から見てしまった彼は、突然目に痛みを抱えたように、顔を両手で乱暴におおう。指のあいまから雨粒ような雫がこぼれた。涙に濡れた視界に黒いスーツがはっきりと写る、そして、それに気がついたツナはわななくように喘いだ。
「…………ニげて………おマエ…を…したく……ない…」
教え子の警鐘をアッサリ無視したリボーンは言い聞かせるようにハッキリとツナへ声を通した。
「ツナ、オレはお前のファミリーじゃねぇ。遠慮なくやれ」
ツナは《わらった》──それはどんな笑いだったろう。正面から受け止めたリボーンにしか結局のところ判別がつかなかった。そしてリボーンは飄々としている。ゆるゆると両手を解いてリボーンと向き合ったツナの瞳は、ふたたび何も写さなくなっていた。
ただリボーンをひたすらに憎むツナがいた。理由などなすでに無く、なおかつ思い出すこともできなかった。ただ、貪欲で収まることを知らない怒りに支配されていた。
ツナにはどんな時でも常に自分の気持ちを正確にさし示す指針のようなものがあったのだ。だのに、今は灼けつくように強引な憎しみによってその針は心ごと砕かれていた。
「ジャンニーニの奴──改悪方向にウデ磨いてやがったな」
教え子の状態を把握したリボーンは忌々しそうに目を細めた。

ツナが動いた。リボーンはその場から動かず一度きりの機会を待った。
イクスグローブのスペルが煌めき、剔(えぐ)るようなにぶい音を残してソフト帽が宙を舞った。