鈍痛なんてものじゃない。
頭がわれるよう痛くて仕方がない。
体じゅうから悲鳴を聞いたツナはゆるゆると両のまぶたをもたげる。そして驚愕した。
まっさきにツナの目へ飛びこんできたのは、血にまみれた左腕。目が醒めるように赤い鮮血を拭うことなくうす暗いコンクリートへ滴らせている家庭教師の左腕だった。その腕に今の自分はもたれ掛かっていたのだ。
「リボー…ン………ッ!」
ツナはかすれた声でようやくそれを言った。
意識をとりもどした教え子を間近でみてとると、リボーンは目もとで笑った。
「ツナ、よくがんばったな。エラいぞ。」
家庭教師の顔を見て、ツナの顔が取り返しのつかない悪さをしてどうして良いのかわからない子どものように引きゆがんだ。自分を抱く腕から流れる血がポタリポタリと地面をうつたび、身を切られるような思いに苛まれた。
「ゴメン…ゴメンな…リボーン…」
やっとのことで震える唇からそれだけを呟くと、ツナは緊張に耐えきれなくなって意識を再び手放した。リボーンは少しの間押し黙っていたが、すぐに、何も言わず静かにツナを横に寝かせてやる。その際、ホコリっぽくなった亜麻色の髪をぽんぽんと撫でてはらってやった。ツナの顔つきがやや落ちついたようになる。
「──たかが人間のひとりに自らの血を流すとは…冷酷な殺し屋らしからぬ失態だな。リボーン先輩」
ディーノの近くで腕の一本も満足に動かせず、天井を見ながらいまだ立ちあがれる様子のないスカルがさもおかしそうに笑っている。
「違げーぞ。オレはツナのカテキョだ」
「…………何が言いたい」
スカルの嘲笑を剥がしてもリボーンは答えない。そうしておいて、言葉を放つ。
「スカル。お前オレの生徒に感謝の一つくらいしてもバチあたらねーぞ」
「何だ…と…」
リボーンはツナのもとを離れ、死神と謳われた出で立ちでスカルの頭上に影をおとした。その姿は銀のように猛毒を潜めながらも美しい。
「てめーが死ぬ気弾に頭をヤられてツナの信念をただ力でねじ曲げていたならな──」
ガッ、とヘルメットごとスカルの頭を黒く硬い靴底で踏みつけ、リボーンは真摯なまでに静かな光を闇色の目に妖しくたたえながら淡々と口をきった。
「オレがてめーを殺してやった」
「────ッ!」
かぞえきれないほどの人間を葬ってきたリボーンが叩きつけてくる生きた殺気に、ぞわりと全身の毛が逆立ち打ちのめされるような恐怖をおぼえてスカルは言葉を失った。
咄嗟に先を危惧したディーノが間にはいって仲介する。
「リボーン、こいつはカルカッサファミリーに返しといていいんだろ?」
「ああ、頼んだ……ぞ」
語尾に元気の見られないリボーンにも、とうとう今日一日の限界が来たらしい。ツナと向かい合わせになる塩梅であぐらをかき、しばらくゆらゆら揺れているが均衡を崩してコテッと倒れるなり寝入ってしまった。同じ頃合いで、遠くからボスーと叫ぶ声がディーノの耳に届いた。
「お、あいつら来たか」
ディーノはおせーよと言いつつも顔は嬉しそうにしている。その顔を見るでもなく視界にいれていたスカルは感情を押し殺したふうに言葉少なげに声をだす。
「…跳ね馬」
「ん、なんだ?」
仰向けに倒れたまま、スカルは聞かれていなくとも構わないという様に押し静まって口をひらいた。
「あいつは──『ツナ』は……もし、またオレがここへ来るときがあったら、貴様らに何かを言うときと同じようにオレに話すと思うか」
ディーノはスカルを特に気遣う様子も見せず、遮光板の砕けたヘルメットからみえる僅かに揺れた目を確認することさえ無く、中天をあおいで独り言をするように答える。
「ああ、話すだろうな。ツナはそういう男だよ」
「…………そうか。──聞きしに勝るダメ生徒だな」
とたん、リボーンがおおきな鼻提灯を伸ばしてスピーと寝息を立てた。パシリのクセにうるせーぞ、とでも言っているようなリボーンのあまりにもタイミングのいい寝言にギョッとしてしまうスカルだったが、しだいに、その寝息に誘われるように、抵抗しがたい睡魔の魅力に根負けしたのか彼からも鼻ちょうちんがぷくーっとひとつ現れた。
ツナの足元で体を大の字に投げだしたままゆったりと眠りについたスカルの顔は、まるで憑き物が落ちたようにあどけなかった。
「ハハ、こういう時だけ皆見たまんまだな」
滅多に見られないであろう光景をその目に自然と受けいれたままディーノは笑った。
雨はもうやんでいる。
冷たいコンクリートに囲まれた吹き抜けの下で穏やかに眠る三人を、割れた窓から差し込んできた柔らかい薄べに色の夕暮れがしっとりと染めていた。